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−組織に入ったのは何歳の時か。なぜ入ったのか。
「15歳の時にUVFに誘われた。生まれ育ったベルファストは12歳の頃から紛争の中心地だった。周りの大人達は『アイルランド人は信用できない』『人間以下だ』などと、かなりひどい差別的な言葉を使って、不信感や憎しみを露わにしていた。それを子供の頃からずっと聞いていた。
実際、IRAのテロ事件が毎日のようにあり、爆破で多くの無実の人が子供も女性も無差別に殺されるのを見て、『大人達の話は間違っていない。そんなひどいことができるのは、人間ではない』と思った。
そんな中で少年は『認められたい』という気持ちを強く持っていた。ベルファストの北部は大部分がイギリス系住民で、IRAから自分たちの身を守る住民組織があった。住民を守るために命を懸ける人。少年から見てそういう強い男に憧れがあった。そのうち『守るだけではダメ』『IRAをやっつけてしまわないとダメ』となった。警察や軍隊は法律の枠の中でしか動けない。テロリストはそういう警察や軍隊を次々と殺してしまったのだ。
だから、15歳でUVFに誘われた時は『これ以上光栄なことはない。自分は住民のために命を懸けて戦う英雄になった』と思った。組織への憧れがあった。かっこいいというか、選ばれたエリートという感じ。全く迷いもなく組織に入った。
残念ながら、入ってすぐに表と裏が分かったのだが。」
−組織で活動して、何を感じたか。
「3年間活動し、逮捕されるまでに私は一つの部隊のリーダーになった。リーダーになって初めて組織の上の人間がどんな人間か、分かるようにもなった。
1972年に組織に入った時は、組織は住民のために働いていた。しかし、UVFは一番残酷なひどいテロ組織になってしまった。表はかっこいいが、裏では堕落してしまい、無差別にアイルランド系住民を殺す人が出てきて、私は嫌になった。
私は無差別に人を殺したことはない。相手がテロリストなら仕方ない。テロリストを殺せば沢山の人が助かる。そういう考え方だった。でも、それ以外の人を平気で殺すことはできなかった。」
−組織を辞めようとしたのはいつか。
「決心したのは20歳の時だが、辞めたいという気持ちはそれ以前からあった。18歳の時に銀行強盗で逮捕され、同じ組織の人間が入っていた刑務所に私も入れられた。刑期も残すところ半年、という時に誰にも想像できなかったことが起きた。神の啓示をみる体験。刑務所の仲間達と一緒に映画の『ベンハー』を観て、キリストの十字架のシーンでひとつの啓示をみた。そして、クリスチャンになることを決心した。それは霊的な体験だった。その時自分の中で何が起きているのか分からなかったが、神が自分の罪を見せてくれて、悔い改めさせてくれた。それがなかったら、辞めることもできなかったと思う。
私は生まれ変わり、刑務所を出る時には別人のようになった。双子の弟も『これが同じ人間か』とびっくりしたぐらいだ。」
−なぜ宣教師に。
「宣教師になったのも、神に召されている、これが使命だと思ったからだ。刑務所を出て毎日のように祈り続け、数カ月経ったある夜のことだ。ぐっすり寝付いたのに、深夜3時に突然目覚めた。『これは何かが違う、祈らなければ』と思い、ベッドを出た。その瞬間、神が部屋の中に入ってこられたような、神の存在に圧倒されたような経験をした。そして聖書を開くと、『平和の福音を伝える者の足はなんと立派でしょう』という言葉が出てきた。その時、キリストの福音を伝える(宣教師としての)”召し”を与えられたと確信した。そして、日本に来ることになった。」
−辞めると言った時の組織の反応は。簡単に辞められないのでは。
「神の啓示で辞めるしかない、と思った。私はたとえ殺されたとしても、テロ組織を辞めようという気持ちがあった。現に友達が1人殺されていた。テロ組織を辞めることは組織にとって絶対に許されないこと。組織に対し不満があること自体、見せれば裏切り者。密告者がいると思われれば殺される。100%の忠誠が求められ、そうでないと危ない。
友人は、かつて組織を辞めたいと言ったことがあった。私は4人で銀行強盗に入り捕まったが、強盗に入る前にその友人の家に集合してから強盗に出かけた。強盗当日は何もなかったが、2週間後に突然、4人全員逮捕された。彼は強盗には関わっていなかったので捕まらなかった。私達が刑務所に入って何カ月か後に、彼は同じ組織の人間に暗殺された。密告者と思われたのだ。
私が辞められた理由は2つあると思う。1つは内面的なもの。これは理解されないかもしれないが、神に従うために辞めるなら、後のことは神の責任だ、と考えた。殺される可能性が高いことは分かっていた。しかし、組織に不満があって辞めるのだったら辞められなかったが、神のために辞めるなら神が守って下さると信じることができた。
もう1つは、たぶん私が組織に信用されていたということではないか。私がテロ組織について持っている情報を漏らす危険があれば、今でも殺される可能性はある。漏らさないという信用があったのだと思う。
私が『辞める』と言った時、刑務所の中のボスは最初、めちゃくちゃ怒った。『裏切られた気持ちだ』と言い、何度も何度も脅してきた。そのボスとは以前の仕事で深い信頼関係があったので、余計に『裏切られた』という気持ちだったのだと思う。でも、刑務所での最後の夜、ボスは組織のメンバーみんなの前で、檻の中には90人ぐらいいたが、全員を集めて『これから頑張って』と言ってくれた。出所した後に、組織から戻れと言われたことは1回もなかった。
これは後で分かったことだが、ちょうど同じ時期に、私の全く知らないところで、6人がクリスチャンになる決心をして組織を辞めていた。その中の1人は、かなり偉い人間だった。2、3カ月の間に偶然6人も私と同じ体験をしていた。1人なら『組織にとってどうでもいい』と殺してしまったかもしれないが、仲間、特にその偉い人は殺したくなかったのではないか。そういう巡り合わせもある。」
−組織を辞めて、組織や北アイルランドに対する見方は変わったか。
「組織を離れる前からすでに見方は変わっていて、単なる暴力団、テロ組織だと思っていたが、辞めてからその気持ちがはっきりしてきた。組織の罪深さ、ひどさ。そして、組織に入っている人の考え方の狭さ。狭い国、島の中に閉じこめられているのと一緒で、狭い。いくら時間が経っても37年前に言っていたことと同じ事を言っている。相手の立場や権利を全く考えられない。自分たちの主張しか考えられない。組織に入ると、周囲はIRAのことをかなりひどい言葉を使って話しているから、当然毎日聞けば自分の中に宿ってしまう。しかしそれは、イギリス系住民の大部分がそうだ。それが土壌になってしまっている。
今でも国に帰り、テレビやラジオのニュースを見ると、トーク番組の政治家達も全く変わっていなくて嫌になる。ニュースを見たくないぐらい嫌だ。もう飽きてしまった。同じ事の繰り返し。一方で、30数年間にわたり犠牲者が出て、多くの人はそれに疲れたという気持ちもある。何とかしないといけないという気持ちから和平が生まれたが、まだまだ不信感は深い。
この30数年の間に、傷つけられた経験がない人はほとんどいない。そういう不信感や憎しみからは、なかなか解放されない。
紛争が終わらないのは、過去にあったことが許せないからだ。仕返し、復讐。その連続。アイルランドもユーゴもそう。何百年も前に起きたことが今でも許せない。
でも、許せないというのは思い込みだ。許すしかない。私も弟の拷問を目の前で見せられた。弟が銃で撃たれ叫ぶのを見せられ、絶対に許せなかった。でも、忘れることはできないが許す。許さなければ、自分自身が憎しみから解放されないからだ。許し合うことが今回の講演会のテーマでもある『憎しみを超える』唯一の方法だ。」
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