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−米国同時多発テロ事件から始まり、アフガニスタン空爆が行われ…。世界各国で争いがあるのを見ていると、平和でないと思いますが、ブラウンさんにとって平和であるとはどういうことですか?
「お互い尊重し合い、許し合うことです。英語で
LIVE
& LET LIVEと言いますが、私は私の生き方があり、それを認めてほしい。あなたはあなたの生き方があるのだから、あなたをそのままで受け入れる。そんな意味です。互いに尊重し合うということです。」
−戦争などを見ていると、相手を尊重するというより、「私は私は」という感じがとてもします。相手を尊重するって、とても難しいと思うのですが。
「『相手を自分と同じ生き方をさせないといけない』という考え方が問題です。私は宣教師としてキリスト教の布教に来ましたが、自分の中で、強制的に日本人に押しつけることは嫌いです。『私はあなたを変えないといけない』という気持ちは、人間関係を壊し、ぶつかり合う原因になります。だから、相手が聞きたいと言えば、喜んで話しますが、『聞きなさい、私の考え方を受け入れなさい』と思ったことはありません。『相手を変えなければいけない、相手に同じ考え方をさせなければいけない』というのは、相手を自分と同じ人間として尊重していないことだと思います。
尊重し合う、許し合うということが、『憎しみを超えて』という今回のテーマの答えだと思います。それが憎しみを超える、唯一の方法です。紛争が終わらないのは、過去に起きたことが許せないということから始まっている。今回のアメリカの空爆も、テロに対して、許せない気持ちが湧いてきて、仕返し、復讐する。北アイルランド紛争が30年続いたのも、相手を許せない。古い歴史の中で、イギリスがアイルランド系住民に対してやったこと、何百年も前に起きたことが今でも許せないからです。」
【高橋理麻】
ピアノ、声楽などに親しみ、大学では音楽文化学を専攻。人との出会いが楽しみ。ネパールの旅行が楽しかった。秋田県由利郡出身。
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と或るクラスでいさかいが起こっていた。Aは背が高くて力持ち。性格は強引でクラスは自分のものだと考えている。自分の考えをみんなに押し付け、自分の意のままにならないと機嫌を悪くする。Bは体が小さい。自分の思い通りに行きたいが、いつもAが口をはさみAの横暴に耐えかねていた。CはAの言いなり。Aが怖くて逆らえず、いつもAに言われるがままに行動する。そんなある日、BはAの態度に我慢ならず、けんかを仕掛ける。怒ったAはCを連れ立ってBに復讐する。それに対しBはまたAに仕返しする。こうしてクラスのいさかいは延々と続いていった。
今の世界を見て、こんな光景を頭に描いてしまった。大きなクラス…地球上には、様々な人種、考え方の違う人々が無数に存在する。それぞれの意志を強引に通せば、争いが起こるのは当然のことで、現に世界のどこかで必ず争いがあり、絶えることはない。
「平和」とは何であろうか?その意味や価値観は、人によって異なるだろう。私は、戦争も経験したことがないし、今までの人生で過酷な体験もしたことがない。あらためて、「平和」について考えたことはなかった。ただ漠然と、穏やかで安らかなときが弛みなく続くことだと思っている。
今回のインタビューで、ブラウンさんにとって「平和」であることはどういうことか聞いてみた。ブラウンさんは「お互いを尊重すること」だと言う。「私の生き方を尊重して下さい。あなたの生き方を尊重します。」決して自分の考えを相手に押し付けたり、相手の考えを無理に変えるようなことはしてはいけないと言う。
同時多発テロ以降の報復戦争を見ていると、「私が私が、自分が自分が」と言った各国の意図が見え隠れする。空爆にさらされたアフガンで、寒空の下、苦しみ生きる人々のことを考えているのだろうか?相手を思いやること、相手の立場に立つという姿勢は見えない。
テロは犯罪であって、無為に人を殺す卑劣な悪は絶対に許すべきではない。しかし、報復だと言って、戦争にすり替えてしまっていることに疑問を感じる。復讐は新たなテロ、憎しみを呼ぶ。そして、終わることのない争いが続いて行く。
ブラウンさんはこうした「憎しみ」を超える唯一の手段は「許しあう」ことだと言う。許せないから、復讐する。それはいけないと。「肉親や愛する人が奪われたときに許せますか?」という問いに、ブラウンさんは「はい、許せます」と言った。私は大切なものを奪われたとき、奪った相手を許せるだろうか?ブラウンさんは過去にあったことは忘れないが、許すことができると言う。
かつてテロ組織に身を置き、その内と外を見る目を持つブラウンさんだからこそ、「許しあう」事の大切さを知っているのだろう。憎むことをやめ、相手を許さなければ、テロは決して終わらないことを。ブラウンさんが発する「許しあう」という言葉が重みを持って心に響いて来る。
相手を「許し」、憎しみから解かれ、「平和」になることは難しく、容易ではない。しかし私達は「平和」になるための努力を怠ってはいけない。「平和」を願い、「平和」になるためにはどうしたら良いのかということを考え続けなければならない。日々の暮らしの中でも、人々が平等に共存し、相手に干渉しすぎず、恵みを分かち合い、相手を尊重することを考えて行きたい。
今回の講演会で、私を含め多くの人が、「平和」を考えるきっかけを持って行けたら良いと思う。 |