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少年の誰も愛せぬ弓なりの
その背木枯らし 話をしよう
−少年の更正活動を行っていて、少年に会うときに気を付けていること。また、なぜそうした活動を始めたのかや、具体的にどのように少年と付き合っていますか?
「私は良い家庭に恵まれ、両親は6人の子供に十分愛情を注いでくれましたが、家から一歩外に踏み出すと、別世界のようにひどい環境でした。生き残ることしか考えられないような状況の中で、若い頃から不良になりました。それは私が育った環境では当たり前で、勉強する男の子はいなかった。サッカーが強いか、喧嘩が強いか、それ以外に男の子として認められませんでした。私も認められたかったので、毎日のように喧嘩して、少年院にも入ったし、テロリストになる前ですが、不良として名前が売れていました。
自分自身が失敗をたくさん犯してきたので、少年たちが同じ失敗をしないように、助けたいという気持ちが強いです。自分はそういうところを通ってきたので、少年達の気持ちが良く分かる。なぜ不良になるのか、ある程度気持ちが分かると思います。一方的な説教でなく、実際の体験から話し、彼らと接しているということが少年たちに分かると、向こうも心を開いて、真剣に聞いてくれます。自分の中で一番強いのは、少年達に今のうちに歯止めをかけないと、暴力団に入ってしまう可能性が高い。一度入ってしまうと、組織を簡単に抜けられないし、人を傷つけてしまうことになると思う。そこまで行かないうちに止めたい。日本では、更正施設には教誨師以外はなかなか入れませんが、八年前に教誨師になって、少年の前で話しをさせてもらっています。
少年院の中で教誨師として話をしているほか、教会の英会話スクールで中学、高校生などにも教えてもいますが、時間をかけて信頼関係を築いていく。彼らのたまり場に行って話をしたり、一晩泊まったり。そんな形で、少年たちと信頼関係を作らないと、なかなか話を聞いてもらえない。大人と自分の間に大きなギャップがあって、理解してもらえない、信用してもらえないという気持ちを持っている少年もいます。夏、海に行くと、私は刺青があるから、不良の若者が声をかけてきたりして、話す機会があります。理屈や難しい説教をしても伝わらないので、実際の体験を話します。私は自分の母、自分に一番大切な人を傷つけた。母には苦労、心配をかけ、母は52歳でなくなりました。そんな体験も話しますね。悪いことすると一時は楽しいが、人を傷つけ、自分を傷つける。自分にとって一番大切な人も傷つけてしまうことを理解させたいです。
絶対に裏切らないという信頼がとても大事だと思います。向こうはそこまで信頼がないと、心を開いてくれないですね。信頼関係を築くことが大事です。」
−少年の方から信頼関係をつくろうとして、つくれなかった少年には、心の傷の深さがあります。
「少年院に行くと、9割以上の少年は、自分の親から捨てられたり、家庭が崩壊してしまったりしていて。人を信用できない気持ちになっている少年もいます。『自分のことを打ち明けても、裏切られない』と、相手がそこまで信頼してくれると、話しも聞いてくれるし、打ち明けてくれる。」
−少年を裏切らず、受け入れるのは精神的にも重いと思いますが、自分自身の支えは?それも神への思いでしょうか?
「そうでしょうね。自分の中で、私の使命だという使命感が強いです。もともと自分がそういう所を通ってきたため、彼らを助けたいという気持ちが強いですね。たぶん、自分の心の中で、自分の人生の使命と思っています。」
【佐藤きよみ】
仙台市出身で獅子座のA型。平成2年から短歌を始めて、馬場あき子主催の「かりんの会」に所属。4年、「カウンセリング室」で、第35回短歌研究社新人賞受賞。7年に第一歌集『パウル・クレーの憂鬱』を上梓。現在は児童相談所に勤務。趣味は中国文化に触れること、アジア映画をみること。レスリーチャン、金城武のファン。
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殺せ殺せ走る大人は横様に
少年の瞳に冥き炎を投ぐ
児童相談所という場所で仕事をしている関係で、日頃、虐待を受けた子供たちに接する機会が多い。虐待というと、一般的には親から身体的暴力を受けたり、遺棄されたり、十分な世話を受けられないというイメージが強いだろう。実際マスコミで大きく取り上げられるのはそういうケースが殆どだ。
しかし、中には「死ね」「馬鹿、間抜け」と言葉で虐待を受け続けたために、健全な自尊心が育たないこともある。人との間に持続的な信頼関係を築けないために、刹那的な楽しみに逃避したり、自分を相手にしてくれる不良仲間に無批判に近づいていってしまうこともある。女児であれば、実の親から性暴力を受けたりするなど、外からはなかなか見えない形で行われる様々な虐待も多く、目に見えないだけに子供たちが受けるダメージは非常に深く、またなかなか回復が難しいという印象を持つ。
このように、虐待は主に個人から個人へのものだが、さらに視点を広げてみれば、大人や社会全体からの虐待もあると思えてならない。第2次世界大戦時に「大東亜共栄圏」「天皇陛下万歳」をスローガンとさせられた私たちの親の世代のことを持ち出すまでもなく、昨年アメリカで起きた世界貿易センター爆発事件で、タリバンに教育された子供たちが、「アメリカは悪いやつだからやっつける」「祖国のために胸を張って戦う」と迷いのない目で言っている姿を目にした時、無垢な子供の魂がまたこのような形で傷つけられるという歴史の輪廻を寒々しく感じた。
さらに、身近なところに目を移せば、無批判に有害図書が広がっていることや、過激なマスコミ報道、若者を狙ったネット犯罪など、大人が子供の魂を食い物にするような状況がどんどん増えていくようで、実際やりきれない思いになる。大人が大人としての規範を示せないこと、示すことを放棄しているのも、一種の集団的虐待ではないのか。そんなことをつらつら思いながら、ブラウンさんのインタビューに臨んだ。
ブラウンさんの第一印象は「物静かで深い人」だった。自己紹介をすると、湖のように青い瞳が優しく向けられた。どちらかといえば人見知りが強い私でも、なぜかすっと入っていける安らぎがあった。「この人がアイルランド紛争の元テロリスト?」とちょっと意外に思い、そして嬉しくなった。
ブラウンさんが紛争に関わられた経緯については講演会記事を読んで欲しい。祖国を自分たちの手で守ろうとする大人たちの姿に憧れ、その大人たちから「認められたい」というのがテロ活動を始めたきっかけだったと言う。実に純粋な動機だ。しかし、実際の活動の中で見たものは、正義という大義名分に基づく無差別テロの実態と、組織を維持するための個人への締め付けであった。ブラウンさんは組織に裏と表があることにわずか3年で気づいた。15歳という多感な時期に身を投じたテロ活動を通して、ブラウンさんは、大人が巧みに使い分ける建前と本音の矛盾や、個人の尊厳や人間性を無視した組織の正義に嫌というほど傷ついたと思う。組織の中でブラウンさんが受けた傷の深さをおもう時、日頃仕事で出会う被虐待児たちの姿がオーバーラップしてきて、どうしようもなかった。
安心感を持てない家族環境に育ち、その後も関わる度に人から利用されたり、傷つく経験を重ねて、人が信じられなくなった少年たち。一度は児童相談所でケアを受けながら、犯罪を繰り返してしまうのは、その子たちの傷が全く癒えておらず、本当に困った時、頼りになる心の拠り所や確かな人との絆が作られていないためだ。累犯の子供たちを見て、多少とも彼らに関わった側としては、彼らと十分な信頼関係を築けなかったことを棚に上げて、自分が裏切られたように感じ、彼らの共感性の薄さにがっかりしてしまうことも多い。
「信頼が大事なのです。少年院に入っている9割以上の子供たちは親から捨てられたり、家庭が崩壊しているのです。彼らからどのようなことを打ち明けられても、自分はそれを裏切らない」と静かな意思を込めてブラウンさんが語られた時、一人でも多くの子供たちがブラウンさんのような大人と出会って欲しいと思ったし、自分もできれば、そんな大人の一人になりたいと思った。「信じるしかありません。すべてを許すしかありません」というブラウンさんの静かな言葉から、私自身が非常に勇気を頂いたインタビューとなった。
「この世にたった一人だけでも自分を心から信じてくれる人はいる」と確信できることはその人にとって、一筋の光となるなろう。そして誰もが誰かの一筋の光になれることを信じたい。
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