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山の神はオコゼがお好き
〜山形県小国町の熊祭り〜

(会田正宣)

オコゼのイミテーションの写真です

オコゼのつくりもの(中央)

 「オコゼ」という魚をご存知だろうか。狩猟を生業とするマタギが、狩りの安全や豊漁を祈って、山の神に捧げる魚だ。山の神は醜女の神様で嫉妬深いそうで、姿の醜いオコゼを見ると、とても喜ぶのだという。

 昨年五月、飯豊連峰の山深い山形県小国町の小玉川という集落を訪れ、熊の霊を慰めるマタギの儀式を伝える「熊祭り」を楽しんだ。熊の皮が幾枚か、竹ざおで組まれた祭壇にうやうやしく掛けられている。いわゆる山伏である法院さまが、オコゼを山の神に奉納する。もっとも、法院さまが神事を行うなど、日本らしいミックス加減もあるようだ。

祭りでは、冬眠から覚めた時期の熊を、マタギが集団で狩る「巻き狩り」の模様が再現された。川の向こうの断崖絶壁のような急斜面を舞台に、中学生が熊皮をかぶって熊役を演じ、勢子が獲物を追い込んで行く。マタギが長い竹ざお一本で、急斜面をするするっと降りてくる技も披露された。
小玉川地区の熊祭りの写真です
小玉川の熊祭り
 山の神とオコゼの話しを知ったのは、小学6年か中学1年ごろのこと。そのころ、平家の落人伝説が伝わるかくれ里に興味を持っていた。山深いかくれ里の景色の美しさや、平家の落人の姫と、追っ手の源氏の若武者が結ばれる恋物語などにひかれた。奥山深く、厳しい生活を強いられる集落には、平家の落人や、○○親王の末裔などという「貴種流離譚」の伝説がよくある。子どものころは「本当にそうなのか」といった感想程度だったが、今は真偽のほどと別に、伝説の背景ににじみ出てくるような、人々の複雑な心情を想像したりして、感慨深い。
飯豊連峰の写真です

飯豊連峰

小国町小玉川から

 オコゼに対しても似ている。山の神がオコゼに向って、嬉しそうに「お前はなんでそんなに醜いの」などと言っている姿が目に浮かびそうだ。オコゼこそいい面の皮だ。

 マタギたちは、畏敬と親しみを込めて、そんな山の神を仕立てたのだろう。自分たちの生活の場を、大らかに、ユーモラスに包んだマタギたち。山の空間に愛を満たしているようにも感じる。

 熊祭りの「目玉」の大抽選会は、1等の賞品が熊の毛皮である。僕は参加賞の手ぬぐいしか戦利品はなかったが、借家住まいの身、当たらなくて良かったように思う。


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【会田正宣】 

学生時代、環境問題を研究するサークル「なちゅれ」を主宰。楽器や空手など四方八方手を出すが、身につかないことばかり。気の多いB型。今は中国語に取り組む。アイルランドのロックグループ「U2」ファン。仙台在住の記者。横浜出身。