NIYONIYO 北京芸術村的自由

インタビューを終えて

会田正宣

 麻生氏の取材後、自分が通う中国語会話の教室で、「対(tui)」という言葉が話題になったことがあった。中国語で、相手に同意したり、あいづちを打ったりするとき、「対、対」と言う。この言葉をめぐって、同級生の中年男性が「対というと、反対とか対立が思い浮かぶ」と言った。先生は「対は、合わせる、合っているといった意味合いがあります」と話した。それを聞いていて、陰陽の図など、「対になるものが、ある調和を形成している世界」ということを連想した。

 麻生氏の「北京芸術村 抵抗と自由の日々」を読んだとき、自由のとらえ方が非常に刺激的だった。制約と自由の「対」…。もちろん単純ではないが、確かに、自由を実感するときって、不自由と自分がせめぎあっている時だと思う。今世紀、自由が最もクローズアップされたのは、第二次世界大戦中の欧米ではないか。イギリスのBBCのラジオ放送などを聞きながら、戦火に耐える人々にとって、自由がどれほど切実な問題だったか。学生時代、「当時のヨーロッパにいたら、どうだっただろう」なんて想像したことがある。映画「カサブランカ」のように、「格好よく闘い、ロマンスも生まれたり」なんて…。もっとも、拷問に弱そうだから、泣き泣き、即座にナチスに寝返って、隣のユダヤ人を密告していたかも知れない(その可能性の方が高いような)…。

 対比がなければ、世界は見えにくい。対比が明確でないグレーの時代に育った僕は、自由の意味や大切さもよく分からず、実感のある言葉として話せない。麻生氏へのインタビューは、そんな不確かな自分を改めて意識する機会でもあった。

 ダッカハイジャック事件などで国際指名手配されていた、日本赤軍の重信房子容疑者が逮捕された。そのとき、新右翼団体の人が「敵対していたが、同じ政治意識を持ち、だから同士的な気持ちを持っていた。彼らも一つの時代が終わり、望郷・回想の時代に入ったのかと思うと寂しいと思う」(朝日新聞)といった意味のコメントをしていた。何とも言えない感慨がわいた。親を選べないように、時代も選べない。当時に比べ、僕自身の時代を幸不幸、善悪で語る話ではないと思う。ただ、僕自身はどう過ごすのかだけ…。麻生氏の話しを聞いて、そんなことを感じた。


小川雪

 麻生さんのタフさと謙虚さ、表に出ないエネルギーの強さと激しさをひ しひしと感じました。そういうものを持ち続けることが、実は簡単なようで難しいのだと言うことも。麻生さんからのいただきものです。

今回のインタビュアー

【会田正宣】

 学生時代、環境問題を研究するサークル「なちゅれ」を主宰。気の多いB型。今は中国語に取り組む。アイルランドのロックグループ「U2」ファン。仙台在住の記者。横浜出身。

【小川雪】
中国中心にアジア、まちづくり・都市計画に関心あり。最近のマイブーム映画は、チャン・イーモウ監督「あの子を探して」。記者

【徳永香子】

 埼玉県の大宮市出身で、現在は東京の千駄木に住み、下町での暮らしを楽しんでます。シゴトは建築関係の本をつくること。踊ることが好きで、ジャズダンスをやっています。最近はソウルダンスも始めて、かなりハマっているところ。あと、絵を描いたり、美術館やギャラリーに行くのも好きです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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