| NIYONIYO 北京芸術村的自由 | |
| 中国のモダンアーティストから思う | |
| 麻生晴一郎さん (聞き手 会田正宣 小川雪 徳永香子) | |
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会田− 「北京芸術村 抵抗と自由の日々」を書かれましたが、中国のモダンアートの特徴を教えて下さい。 麻生− 中国のモダンアートは、文化大革命が終わった1980年代に花開きます。89年の天安門事件までの80年代は、どかっと西洋思想や文化が、それこそマクドナルドなどと一緒に入ってくる。封建主義的な文化が消えないので、「中国人も西洋流の個を確立しなければならない」という思潮と連動しています。中国では清朝末期、欧米列強の植民地化に対し、日本の文明開化にも相当する5・4運動が起きた。モダンアートはその時期にも入っていて、5・4運動、80年代と二つの大きな波があります。西洋に対する劣等感と中国の近現代化の課題が結びついている。中国のモダンアートは政治と強く結びついているのが特徴で、彼らにとって美術は美術だけじゃない。もともと中国には「文、芸術は政治のためにある」という儒教的な伝統があります。 |
| 中国のモダンアーティストが集う北京通県の芸術村をルポした「北京芸術村 抵抗と自由の日々」(1999年)の著者。東大国文科卒業後、テレビマンユニオン入社、「宋姉妹」(NHK番組)などの制作に携わる。現在、フリーで番組制作や執筆。1966年、北九州市出身。 | |
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モダンアーティストたちは公式に認められていないので、地下展覧会を開くのですが、地下展覧会はよく中止になる。ただ、時にはアーティストが自分で公安にたれ込んだりすることもあるんですよ。つまり、展覧会が権力によって中止されたことがメッセージになる。日本で展覧会が中止になっても「事件」にならないでしょう。事件性が大事で、「ここまでしか自由でない」とメッセージを発したり、どこまで自由が認められるかを探ったり。天安門事件直前に開かれた中国現代美術展で発砲事件があって、モダンアートはタブーの存在になり、地下にもぐった。ヨーロッパで流行が始まり、アメリカの注目も集めました。日本は最近二、三年ですね。 |
「大封面 TIME第一期」 邵振鵬 |
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小川− 欧米の「人権」みたいな取り上げ方ですか。 麻生− そう、型にはまった見方だが、天安門への好奇心と交ざった形で。 会田− 最近、若者の性やドラッグなどを描いた「上海ベイビー」という小説が発禁になったけど、イデオロギーの対立でなく、禁止の対象が変わったんでしょうか? 麻生−体制にとって脅威になるかどうかでしょうね。モダンアーティストが個人的にアトリエで活動していても文句は言われない。体制を脅かすような集団を形成していることが重要。芸術村が北京の近くにあるのは象徴的で、政治の中心の北京という舞台に登場しなければ意味がない。警察も彼らが北京に入ってこなければ、それほど問題にしない。 |
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酒を酌み交わしながら、談笑する北京芸術村のアーティストたち |
小川− 中国の草分けのロック歌手の崔建など、メッセージ性が強かったですが、最近はポップスなどノリが軽くなっています。世代が変わって、芸術村はどうなるのでしょう? 麻生− 中国の今の体制が続けば、一定の声を持ちつづけると思います。芸術村のアーティストたちはほとんど、天安門事件の際に大学3、4年生の同年代で、小さい頃、絵を見たことがない人も多いが、下の世代は違って、純粋に美術がしたい。美術として健全かも知れないが、もともと、僕は美術は分からないので、退屈なものになるかもしれません。 |
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会田− 中国に関わるようになったきっかけは? 麻生− 東大に入学するとき、第二外国語を決めなければならないので、中国語を選びました。早く受かりたくて。中国語は人気なさそうで、人数が少なくていいというのが理由。実際は、NHKの『シルクロード』などで中国ブームで。それさえ知らないほどの中国オンチでした。将来は外交官や商社マンになって、世間体よく生きたいと思っていました。テレビ会社に就職したのは、面接しかなかったのが良かったからかな。授業をさぼって留年が決まり、それで留学すれば「勉強熱心なやつ」とごまかせるかなと考えて、上海に行きました。でも、留学先は日本人同士で固まって面白くなく、旅行先のハルビンで親しくなった旅館で働かせてもらって、つまり「不法就労」させてもらったりしていました。 会田− 中国や北京芸術村の、どこに一番ひかれたのですか? 麻生− 別に中国通、中国ウォッチャーになりたくはないんです。中国は対立が見えているという点に関心がありました。 僕は高校が自由な校風で、古典のときは保健室に行くことに決めるとか、授業はさぼってばかりでした。先生は保守的で、生徒がそれと闘うといった構図が欲しいのに、何も言われない。自由に対して不自由というときに、不自由さがなさすぎた。その頃は学生運動は終わって、一生懸命何かをやるのはダサい。「おにゃん子くらぶ」の世代で、軽さが求められた消費と虚構の時代。当時は面白くないという気持ちだけでしたが、とにかく不完全燃焼でしたね。 自由の前提として、公が成立していないと自由を発揮しようがないが、日本は自由を獲得できないほど、公共や共通の了解といったものがないと思う。例えば、何に対して怒るのか分からない。中国のモダンアーティストたちには、それこそ公権力という大きな対立軸がある。日本の方が自由かも知れないが、見方によっては彼らの方が自由な生き方をしているのではないか。僕よりよほど自由ではないか、自由じゃないかも知れないが、違った自由があるのではと。うらやましさもありました。もっとも、最近は中国でも対立が見えにくくなってきています。グローバル化というか、社会全体の流れですが。 |
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日本では根本的な不自由、束縛がない分、ポジティブな生き方を求めようという動機づけも弱くなる。人に束縛されたくないから、人を束縛しない。人にモノを言う権利もない。中国は敵、味方がはっきりして、ある意味分かりやすい。敵がいないと味方もできない、憎むことすら知らなければ愛することもできない。儒教でいう「仁」ですが、公と自由の関係と近いと思うんです。「個」がない時代に育った中、自分らしく生きるにはどうすればいいのか、「公」がないゆえに、どうしたら自由なのかというテーマは、誰にとっても大事だと思うんです。その点、逆にどう感じますか。 会田− 似たような感覚なのか、自分らしく生きていく対象が見えにくい。それで自分で一から考え、自分自身を試したい気持ちもあって、によによを始めた部分がありました。 |
「思想者」 王慶松 |
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小川− 「北京芸術村」を読んで「中国の表現の自由に強い関心を持った」という学生さんの感想を見たことがありますが、一番伝えたかったことや読者の反応は? 麻生− 日本は自由で、中国は不自由というのが一般的な見方だけど、違った座標軸があるのではないか。自由って何だろう、自分がそれにどう関わって行くのかを考えることが大切で、それを考えたかったし、訴えたかった。 読者の反応は、全共闘世代のように自分の若い頃に重ね合わせる人がいたり、中国に留学経験のある若い人が「エネルギーのはけ口がなくて、自分も不自由だと思っている」などと共鳴してくれたり、さまざまです。中国の役人も予想外に「面白かった」と言ってくれたり、「日中友好の一つの本だ」なんて、日本で発行している中国語の新聞が取り上げてくれもしました。本は美術コーナーに置かれることが多いのですが、美術書では全くありません。美術、中国に関心がない人にも読んでいただきたいです。 インタビューを終えてを読む トップに戻る 感想コーナーへ行く メールで感想をお寄せいただいた方に、オリジナルデスクトップ壁紙プレゼント! 麻生晴一郎さんのサイトへ行く |