NIYONIYO

好みのタイプは四万十川

(小林圭吾)

四万十川の写真です  家の前に木の樽の水槽が何段にも重ねてあり、裏山の水が水槽から水槽へ絶えず流れている。水槽の中にはワンサカと川蟹が入っていた。四万川が流れる四国・高知県の口屋内の、「野村の爺ちゃん(おんちゃん)」の家。野村の爺ちゃんは、エッセイストでカヌーイストの野田知佑さんのエッセイにたびたび登場する八十をとうに過ぎた「有名人」だ。婆ちゃんによると、軽自動車で村中を回り、川でアミや籠などの仕掛で川エビや川蟹をとっているそうだ。軽自動車で戻ってきた、野村の爺ちゃんにご挨拶した。爺ちゃんは、我々のようなものが来るのがとても嬉しいという表情で、「夜は飯でも食いに来い」ということを盛んに言う。昨夏、初カヌーで、カヌーショップカワサキの四万十川ツアーに参加し、野村の爺ちゃんと対面した。
 約10年前、浪人中に息抜きで読んでいたアウトドア雑誌で、野田さんの連載エッセイに出会った。日本や世界の川をカヌーで旅し、自然や人間社会を水面から見た文章にとりこになった。 そこから膨らんだ、理想の川像はこんな感じだ。人里少ない緑深い山間を蛇行し、底の小石が手に届きそうなほど透明で、太陽の光にきらきら輝く川。水を手ですくって喉に流し込みたくなるような川。金もうけのため、ブルドーザーが河川改修などをしていない川。川の恵みを大切にしてきた漁師たちがいて、川沿いの家の爺さんが声をかけてくれ、お言葉に甘えてお邪魔すると、風呂をもらい、川蟹や川エビを出してくれて宴会が始まり、地域の昔の生活の様子や、若い頃の武勇伝(といっても、じつは「夜這い」の話だったりする)を聞く。そんなイメージの世界が、そのまま四万十川にあった。
 野村の爺ちゃんに挨拶した後、川面に近く、増水すると水中に沈むため、その名がある「沈下橋」を渡り、酒屋でカワサキさんのカヌー仲間の酒井さんのところへ。カヌーのレンタルやスクールもやっている30代半ばの村の青年だ。「おおーっ、ビールでも飲むべえ」と、お世辞にもきれいとは言えないがどこか懐かしい雰囲気の店内で、テーブルを囲んで酒宴が始まった。前年秋の台風では、店内が約1メートルまで水に浸かり、ワンボックスの新車も流されてボロボロになったそうだ。1時間ほど盛り上がってから、独りで、すぐ近くの黒尊川の淵に潜りに行った。日が沈んで涼しく、ほんの10分程度だったが、とっても透明な魚達の世界を鑑賞した。 増水した四万十川の写真です
 たき火を囲んで夜空を見上げ、「明日は初カヌーだあ」とウキウキ・ドキドキしながらテントに入った。しかし、翌朝は雨。河口の温泉で汗を流してから昼過ぎに戻ると、増水は予想以上で、テントが水没しそうになっていた。テントを撤収し、酒井さんが管理する小屋を好意でお借りした。雨足はどんどん強まり、沈下橋も沈下した。
野村の爺ちゃんとの写真です

野村の爺ちゃん(中央)と。一番右が筆者

 雨の勢いが収まらない夜中、野村の爺ちゃんが、茹でた川蟹を鍋ごと持って現れた。爺ちゃんの独演会が始まった。若い頃に太平洋戦争で東南アジアのジャングルでとても苦労した話、野田さんがくれた川船のこと、山での仕事の話し…。爺ちゃんは、カヌーツアーの参加者の中で唯一の女性の隣に陣取り、嬉しそうに喋りつづける。彼女も爺ちゃんのことを「若い」「元気」「かわいい」だのと言うものだから、爺ちゃんもさらに舌好調!。
 爺ちゃんが持って来てくれた川蟹の塩茹は、小さな子供の手ほどの大きさのカニで、甲羅ごとバリバリと食べられる。下手な高級料亭のカニ料理など目じゃない。「爺ちゃんのように川エビや川蟹を甲羅ごとバリバリと食べていたら、さぞかし健康で長生きするだろう。40歳ぐらいになったら、ここで暮らそうかなあ」と本気で思ってしまった。相変わらず強い雨だったが、これも四万十川・口屋内の自然の一部と思うと、そんな雨音も何だか心地良かった。

 水が引くまで最低2,3日はかかるとのことで、翌朝、結局、四万十川を後にし、静岡県の天竜川の支流の気田川で初カヌーを体験した。数年前に東日本で一番水質の良い川に選ばれた川で、

四万十川より小ぶりだが、「初体験の相手」はとても良かった。今年も徳島県南の海部川で、阿波踊りや温泉もからめて3日間、ガキの様に遊んだ。

 今年の夏、転勤で京都に越してきた。独り暮らしの部屋は、間に公園を挟んで鴨川に面している。よくテレビに映る「京都の鴨川」は上流で、休日の買い物のときなどに、ついでに拝見しに行く。整備された河川敷にカップルなどが座って川を眺めている。都会のオアシスは、それなりの情緒があって良い。ただ、私はまだ河川敷に降りていない。一緒に川を眺める相手が居ないことも少し影響しているが、「もっと良い川」を知ってしまったのだろう、川縁まで足が向かない。地元の「鴨川さん」には悪いけど、来年はどこの美しい川に浮気しようか。


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【小林圭吾】

 趣味:夏はきれいな川でのんびりカヌー遊び。冬は自然のフィールドでバックカントリースキー。「吉野川・東京の会」会員。環境に優しい仕事がしたくて、太陽電池メーカーで商品企画・マーケティングなどに携わる。京都市在住。神奈川県出身。花の独身(嫁さん候補募集中。お買い得です。今がチャーーンス)。