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西安市中心部にある鐘楼の写真です
鐘楼
西安的時間
(会田正宣)
 中国・西安。唐をはじめ、王朝の都だった都市だ。鐘を鳴らして時刻を告げるために明代に建てられた、市中心部の「鐘楼」で、若者たちが青やピンク色の絹の服を着て、琵琶や胡弓、楊琴などの唐代の楽器を演奏していた。
 市内の交通の要所の鐘楼を取り巻くロータリーの道路では、バスやタクシーがかしましくクラクションを鳴らしながら、目まぐるしく走っている。使い古された車が多い。唐代の音楽はそんな喧騒を忘れさせる一方、日本人の自分に不思議な時間の流れを感じさせた。
鐘楼内で琵琶などを演奏する若者たちの写真です
華清池の写真です

華清池
  秦の始皇帝の兵馬傭は西安の郊外にある。数千体の兵士や馬車が隊列をなし、観光客をにらみつけるように不気味な緊張感を漂わせながら、2000年前に没した始皇帝を今も守ろうとしている。漢の高祖劉邦と、覇権を争っていた楚の項羽が顔を付き合わせた鴻門の会も、西安の近くで行われた。唐の玄宗皇帝が楊貴妃と遊んだ華清池も西安郊外。その華清池で約60年前、中国共産党への圧力を高めていた国民党の蒋介石に、日本による侵略に統一して立ち向かわせるため、国共合作を迫った西安事変が起きた。西安を舞台に、中国史の数々のターニングポイントが演じられてきたのは間違いない。

 まちを歩くと、軒先に商品を並べる店舗のすぐ奥で、店主がコンピューター画面を開いていた。着メロでない単純な呼び出し音の携帯電話が鳴る。ブランド物のバッグを下げた女性が屋台で、羊肉のシシカバブやうどんをうまそうに食べる。ガングロ、厚底サンダルの小ギャルも、二、三人見かけた。
 人肌の体温が空気に伝染したような雑踏。一昔前の日本に、中国の今の風景を重ねる声を聞く。ただ、その頃とは比べようのないスピードで、まちはガタピシと運ばれている。

 餃子宴という餃子のコース料理を食べた。鳥やハスの花、蝶の形などをしたさまざまな餃子に続き、最後に、西太后に供されたという、指の頭ほどの小さな餃子が入ったスープが出てくる。唐の都長安としてシルクロードの起点だった西安は、イスラム教徒も多く、イスラム料理も多種多様だ。ナンのような小麦粉を練ったものを小さくちぎり、羊肉や春雨、香菜とともに入れたスープ「バオモウ」、鶏肉やピーマン、ねぎを唐辛子などと炒めてのせたうどん「ターパンチー」…。中華料理のイメージを吹き飛ばした料理の数々にも、まちの歴史がにおうようだ。 夜の西安の街並みの写真です
 現代の「今」という一瞬一瞬も、豊かな歴史のごった煮みたいなもので成り立っており、ふとしたときに、味わいを感じることがある。が、その時間を、西安ほど身近に感じたまちを訪れたことはなかった。もしや、鐘楼が刻んできた時が自分の上にも降りかかったのかも知れない。

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