NIYONIYO Vol27(2007年秋号)
命のことば
大越桂さん 聞き手  会田正宣 佐藤きよみ 鈴木真理子 NON

会田−障害のこと、言葉を書くようになるまでを教えてください。

「私は819グラムの、とても小さい未熟児で生まれました。双子の姉がいましたが、出産のときに死にました。私は脳性まひの障害を持っています。また未熟児網膜症で、強い弱視です。そこまでは普通の障害でしたが、中学のときに気管切開をして、声が出なくなりました。それまで、色々と耳で聞いて言葉は分かっていたけど、伝えられなくなってストレスで吐き、とてもやせてしまいました。
 肺炎などになって、小学校6年から中学3年の夏まで入院しました。その入院中に気管切開をした後、養護学校の先生に字を書くことを習い始めました。一年生から、あいうえおの練習をして、自由に書けるようになったのは2年生のときです。初めは単語で用事を伝えていましたが、段々、詩というか、おしゃべりとは違う作品をつくるのが面白くなりました」

【おおごえ・かつらさん】
 仙台市出身。重度の脳性まひで、13歳で気管切開し、声を失うが、中等部1年のときに字を習い始める。2年生から詩の創作を始め、通信を発行し、その冬の2004年12月にブログ「積乱雲」を作成。創作は詩のほか、短歌、書などの分野に広がる。07年3月、日本アムウェイが主催する、障害者の芸術活動に支援金を贈る「第4回One by Oneアワード」を受賞。同月、名取養護学校高等部を卒業し、6月に「いのちのことばコンサート」を開く。
積乱雲 http://plaza.rakuten.co.jp/678901/

会田−字が書けて、相手に意味が伝わったときの感想は?
「思い出すなあ…。字を習う前は、顔の表情、笑ったりして伝えていました。でも、それだとイエスかノーくらいしかないでしょう?私はそれでも、そういうものだと思っていたので結構満足していたけど、声が出なくなったら、それも通じなくなって、お先真っ暗になりました。治療中に呼吸器をつけていた時、見た目は寝ているけど、頭は起きているときに心配や不安になって『えー』と思ったら、モニターがピピピっと鳴ったわけ。すると母が、私は見た目は寝ているけど、『私が分かっているのかも』と気づきました。それはえらかった(笑)。声がなくても言おうとしているようだと一生懸命聞いてくれるようになりました。だから、字の練習を始めました。

 私はひらがな等は読んでいて、字は知っていました。弱視だから目の前に来た字だけ、絵本、新聞などを読んで。だから字を書く練習ができたときは、すごく嬉しくて眠れなかった。このチャンスを逃したら、二度と話せない人になると思ったから、一年後ぐらいに自由に書けるようになり、自由になったと思いました。肉体は声もなくして動けないけれど、心が自由になったと思いました」

会田−自由なわたしという詩も書いていましたね。自由って、どんな感じですか?

「それまでは『1か2のどっちか』と聞かれて、どっちかに笑って合図を送ったりして選んでいました。でも、大体、1でも2でもないんです。
 字が書けるようになった始めに、『つめ』と書きました。『ピンク』『みつこし』です。おしゃれがしたいから、三越に行って、ピンクのマニキュアを買ってきてということ。爪は一番見えます。具合が悪いときでも爪が伸びる。すると、『まだ生きているな』と確認できる。つめは私にとって命の象徴です。私はおしゃれがしたかったけど、母は地味な服を着せていました。だから、その時、おしゃれの気持ちが通じて嬉しかった。
 
その次は『クリーム』。クリームパンのクリームです。今まではプリンかヨーグルトか、しか聞かないから、絶対クリームが食べたかった。1か2というときは、せめて、『どちらでもない』の3を入れてほしい。自分でクリームと書けたとき、すごく自由になったと思いました。服も色だけでなくて、花模様やレースだけとか伝えられるでしょ。選択肢を100個並べても、101かも知れない。それが言葉だと自分から言える。すごく幸せでした。自分から言えることの素晴らしさをかみしめました」

会田−人との関係が変わりましたか?
「そこが大きいハードルでした。そもそも、こうやって書いて言うことを、ちゃんと受け止めてもらえるまでに時間がかかったので。初めは私をよく知っている人たちから、少しずつ通じていきました。それが段々、詩を読んで良かったといってくれる人、詩に曲をつくってくれる人、それを歌ってくれる人が現れて、直接知らない人にも理解してもらえるようになったと思います。でも、本当は自分一人でしゃべりたいから、パソコンを練習しています」

自由なわたし

わたしにできることは寝ること
何もできない
いいことも いやなことも
いつだって受身で待つだけ
うれしいことも 苦しみも
伝えられない
何のために生きているのか
誰も教えてくれない
声でいっしょうけんめい
伝えようとしたけれど
心の美しい人にしか通じない
一日のほとんどは
苦しい時間で疲れはてる

息が楽になるのは本当にすてき
にこにこ笑える
みんなのやさしさも
受け止める余裕になる
気持が明るくなると
今日をがんばれる
そうすると
明日もいい日になりそうな感じがする
希望が出てくる

肉体が不自由でも
精神的自由は私だけのもの
自由な私は何でもできる
生きているってすばらしいこと
ひとつひとつ失っても
いのちはいつも美しい
どんな姿になっても
愛で包まれていることに気づけるのは
今の私だから
みんなの愛に
気がつくことができた私は
今の私で
十分だと思います

いのちの意味は
ひとりひとり違う
私はどんな姿でも
生きていたい
生きていることは
本当にすてき

会田−自分自身も変わった?
「初めは言えることそのものが嬉しくて大喜びしていました。けれど、そのうちに積年のうらみを言いたくなりました。親は親だというだけで何でも決めちゃうのが、すごく嫌だった。でも、親しか(言葉の)ガイドができないので、それを言ったらどうなるかと悩みました。とうとう大げんかしました。親も一生懸命なのは分かっていたけど、病室だと二人きりだから、私だって泣いたり暴れたりしたい時があるのに、拘束感がありました。中学二年の秋ごろ、とうとう『紀子がにくい』と書いてしまって、母はびっくりして聞いてきました。色々誤解もあり、今までずっと苦しんできた事もあったので、二ヶ月ぐらいは迷いながらけんかしました。辛いことを書くと吐くので、三ヶ月鉛を吐くようでした。
 親も親なりに悩みがあったことを聞くことができて、許せることは納得しました。でも、根に持っていることもあります(笑)。そのうちに、苦しいことをどんどん思い出してしまい、差別を受けた時の悲しさ、あきらめ、無気力になったことなどが思い出されました。『それでもいいから言ってみなさい』と言われ、言ったら、少しずつ復活できました。

万華鏡

小さな窓からのぞくと
そこには無限大の世界が広がる
刻々と形を変える色のかたまり
色は色と組み合わさって美しい形になる
いつもいつも動いている
二度と同じ形になることはない
時間とともに変化する世界

一つの色は私
私が動くとみんなも動く
私とみんなはいつも一緒
一人のためにみんなが力を発揮する
不可能を可能にする

窓からのぞく世界は
自然の中の宇宙
生き物どうしのつながりは終わらない
宇宙のひとこまの私はいつも変化して生きる
あしたの夢は無限大に広がっている
いろんな宇宙と交わりながらいつも動いている
 今は一応、高校を卒業して社会人と見られていますが、介護を受ける者として『自立って何だ』と悩むことが多い。特に私は医療のケアがたくさん必要なので、一人で生きたいと思っても壁が多いのが現実です。でも、ともかく伝えられるようになったから、少しずつ伝えたいと思います」

会田−万華鏡の詩を読んだとき、言葉を得て自分の見方が変わることで、人との関係も変わり、またそこから自分も変わるということを感じました。
「あの詩は中学のとき、修学旅行で秋保の万華鏡美術館に行ったときのことを書きました。みんなは東京ディズニーランドに行ったのですが、私は入院していて行けなかったので、秋保に行きました。秋保に行くだけでへとへとでしたが、一箇所だけ万華鏡美術館に行きました。その計画を立てるだけで、みんなが知恵を絞ってくれて。今思うと、会田さんの主題に迫っていますね(笑)。そのことを言いたかったのだと今なら分かります

会田−作品を書くときと、ふだん用事などで言葉を書くときと、どう違いますか?
「作品は言葉の一つ一つに意味が出てくるから、大切にしてあげたい、子どもみたいです。私は母親になったことはないけれど、作品は私が生みの親だから、子どもみたいだと思います。それを感じたのは、朗読してもらった時。同じ言葉でも、音になって生まれ変わったように生き生きしたのです。音楽演奏もそうですが、作者の手から離れた子どもが独り立ちするような気がします。つくるときは先のことは見えないから、私の経験の中で感じたことを書いています。でも、やはり子どもに夢を託すように何か願うものがある。それがメッセージというのか分からないけど、そんな気持ちです」
会田−普通に言葉を使っているのは、いわば理の世界だと思うけど、人は理屈だけでは割り切れない感情を持っている。詩の形でしか表現できない部分ってどうですか?
「詩は言葉が少ないから、受け取った人の感じ方がいっぱいになります。文章ももちろんそうだけど、いっぱい説明しているわけで、詩のように言葉が少ない場合は、行間、余白を相手に任せていますよね。それに対して、『そこはそうじゃないよ』と、作った私が言えないけれど、共感とか感じ取るものが一致すれば、その思いは通じると思わない?万華鏡もそうだけど、主題はみんな一緒でも、そこに行く手段は一人一人、経験や体験の中から引き出しを開けて、合わせて感じ取るものだと思います。詩は最近、想像や空想が交じってきているから、もっと自由で、何でもありのところが楽しいです」


佐藤−詩には日常を超えられる力があると思っています。1、2じゃないものがいっぱいあると言っていましたが、桂さんは自由な感覚を大事にしていると思って、だから詩なのかな?と思います。詩も短歌も短いけど、受け取る人でいくつにもなることって、すごいと思います。
「そうです。その世界に入れたのは言葉のおかげ。そこに行く前は物理的にも動けないから、ただ、ここにいるだけしかなかったでしょう?だから、『扉が開いた』という感じがします。私は動けないから余計、その世界が楽しいのかも知れない。自由に動けて色々なところにすぐ行けたら、それはそれで楽しいと思うけど、人のことは分からない。考えているのが好きな時間です。
 例えば、私は歌えないし、曲も作れないけど、それをやってくれる人にお願いすると、私の気持ちも現実の形になるでしょう?私の詩に絵を描いてくれた人もいます。いつかバレリーナに踊ってもらいたいと思うし、色々やるのは面白そうです」
佐藤−言葉を一つ一つ大事にしているなあと思って聞いていましたが、好きな言葉はありますか?
「『人は人を人にする』。初めは、私は何も分からないと思われて、物のように扱う人もいて悲しかった。だけど、人としてちゃんと扱ってくれる人もいて、その人といる時は人間になった気がしました。言葉を持ったら、みんなが人間のように扱ってくれる。『その違いって何かな』と思うわけです。人のおかげで人になったのですが、人の形をしていても人の心が見えない人がいることも分かりました」

ブログ「積乱雲」より

佐藤−ブログの名前が積乱雲で、積乱雲という詩もつくっていますが、それはどんなイメージですか?
「すごく暑い夏があった時、あまりの暑さで一歩も家を出られない夏休みがありました。具合が悪くて、窓を見たとき、雲が見えました。弱視だからイメージですよ。その雲の勢いがうらやましいと思って、つくりました。今になると、その詩で自分も励まされているから、好きな詩です」

会田−先日、卒業コンサートを開きました。自分の詩についた曲を聞いたときは?コンサートでは朗読もありましたね。

「白石で聴いたときと卒業コンサートでは、同じ曲でも違う作品だと思いました。コンサートは夢だったから、夢がかなって感激しました。お客さんも知っている人、お世話になった人たちばかりなので、歌う人と一緒に喜んでくれたと思う。とても贅沢だと思いました。朗読はびっくりした。今まで、録音図書館のテープを聞いたことがありましたが、目の前に人がいて朗読するのを聞くと、空気が息をする感じです。聞いている人も息をしている。
 言葉ってすごいなと思ったのは、この間、自宅に色々な人が来て会議をしたときのことです。会議の時は言葉が全然違って、空気がぴーんと張りつめて、私も緊張しました。終わった途端にみんな元の人に戻って。空気の変わり方にびっくりしました」

鈴木−朗読は私も好きです。桂さんの詩を読むと、声に出して読んでみたくなります。詩は自分の子どもみたいと言っていたけど、桂さんの子どもをいったんもらって、自分の中に入れる。目で見ても味わえるけど、自分の声に乗せると、味わい方が違います。私は「ひつじ」の詩が好きで、声に出してみると心が和みます。

「ひつじ」

ひつじはのんびり
くさをたべる
わたしはのんびり
そらをみる

ひつじのおやこが
のんきにあそぶ
わたしはのんきに
そらをみる

ひつじはひつじ
わたしはわたし
のんびり
のんきに
そらをみる
「うれしいです。母がパソコンの原稿も打つのですが、よく漢字にするか、ひらがなにするかを聞かれます。私は目が見えないので、どちらでもいいと思っていたのですが、見たところで違いはあるでしょうね。音だけにすると朗読になる。見るのと聞くのとは別で、面白いですね」

鈴木−修学旅行にも行きましたよね。旅行に行く前と行った後では変化があったと思いますが?
「高校に入ったころは車いすに10分乗れなくて、『行けるかな?行けたらいいな』と思っていました。2年生になって一泊の練習をして、車に三時間乗る練習をしました。三泊四日の旅行で、しかも飛行機だから大変でしたが、体調を崩さないで行けたのが大きな自信になりました。気持ちが充実していて体調も良く、心と体はつながっていると思いました」

会田−普段、言葉を交わしていて、誤解やすれ違いなど言葉が通じない世界が多々ある。
「言葉は人と人の間にあるものだから、本当の相手、相手の本質を感じる想像力が必要です。私は今はみんなと同時にしゃべることができますが、前は一通りみんなの話しが終わって、やっと私の番が回ってきて意見を聞かれた。そのころはまとめたエキスをしゃべっていればよかったけど、同時にしゃべるということは、話しの流れでどっちに行くか変わりますよね。言葉一つでむっとしたり。時間とともに起きる変化があることが分かりました。やはり私はまだ親がガイドしているから、言いたい放題はできない。そうですよ。だって、友達同士だったら親の悪口とか言うでしょ。でも、メールも親が読む。それにしても、全然話せないころより自由になりました。
 私は相手の言葉の後ろに、どんな気持ちがあるか想像しながら聞いています。それは多分、私に障害があって、私と話そうとする人がまず障害に着目して、その後ろにある私自身をどのように見ようとするかということが、みんな同じではないから。私にすれば、話せる人はみんな話せる人で同じ姿をしているけれど、本質は一人一人にあって、すぐには分からない。でも言葉を通じて分かる。言葉ってこわいと思う」

会田−相手への想像力と言うと?
「障害があってもなくても私は私だけど、障害は私の一部で、それをなくすことはできない。だけど、脳性まひと言うと、みんな脳性まひの大越さんになっちゃう気がする。脳性まひにも色々あるのに。でも、障害が個性というのは、私はあまり好きではありません。障害のある私をひっくるめ、もっとよく知りたいと思ってくれる人は一生懸命、話しを聞いてくれる。その時は嬉しいです。あと、あまり遠慮しないで聞いてもらった方が答えやすいです。みんなが何を不思議に思うか分からないですから。世間の価値観や常識だけでなくて聞いて欲しい。でも聞かれるのが嫌な障害者もいるから、難しいと思います」

会田−言葉を言えば人に伝わり、それに対する責任が生まれる。社会的地位の高い人などはその責任が大きくなるし、約束はその最たるものだと思うけど、自分が発した言葉の重みや責任についてはどう思いますか?
「よく私はみんなの代表で言っていると励まされます。そうした期待は嬉しいけど、私は私の分しかできないと思っています。言葉を聞いて、どう感じるかは相手の仕事だから、そこまで責任をもてないけど、少なくとも自分の分はしっかりやろうと思います。しっかりというのは、
正直に格好つけないこと、やはり感謝の気持ちがあることとか。言葉については、あまり考えすぎると書けないですよね。もし、書いたものに誤解を受けたら、『それは違う』と言おうと思います」

鈴木−自由にしているつもりで、色々なものがついて本当の気持ちが隠れていたりします。桂さんの詩を読むと、余計なものがなくて、ストレートな気持ちが出ていると思います。表現することについて色々考えさせられました。自分は普段、どういう風に言葉を発しているかな?と。
「それはやはり障害のおかげだと思います。私ってこうだから、という感じでずばずば聞いているかも知れません。あまり考えないほうがいいような気がします。良い詩を書こうと思っていて、書けた試しがない。そういうのはボツ。パッと浮かんだときに、それを忘れないようにしたいと思っています。聞いてくれる人がいるから表現するわけで、受け止めてくれる人がいないのは、ちょっとつまらない。でも、絶対に誰かいるから大丈夫です。歌のコツって何ですか?ふっと来るって感じがしない?」
佐藤−桂さんが言っていたように、無になることだと思います。つくろうと思ってもダメで、素直な気持ちでいるとか。来た時に『ありがとう』って、それだけかな。
「これこれ、待っていたという感じがしますよね」

ことばのことば


ぼくはことば

ぼくはいつも走ってる

動いて飛んで宙返り

ひっくり返って逆立ちするし

ひっかかってこんがらがって

ぶつかってドシン!



わたしはことば

わたしはいつも夢見てる

しゃなりとうふふ

やさしくふうわり

涙はらはら

ふいてにっこり



ことばはうまれて育って生きる

大切に大切に

だいじにだいじにやさしくすれば

みんなの心に種をまき

ちゃんと芽を出し実をつける



あなたの心に落ちた種は

あなたの心の栄養が

大きく大きくしてくれる

それがいつか木になって

一本すくっとまっすぐに



ことばのことばが木の葉に乗って

はらはらはらはら落ちるとき

あなたの中のぼくとわたしが

また別の

だれかの肩に止まるでしょう



ことばはずっと生きている

ことばはずっと生きていく

会田−言葉にかかわっていて、言葉の良さと限界を感じることがあります。その分、特にクラシック音楽のように言葉を超えたものに引かれることがあります。言葉のない音楽は好きですか?他の芸術はどう?
「大好き。音はすごいと思います。音楽は体調が分かります。体調が良いときに聞ける曲と、そうでない曲があります。歌詞があるのは、歌詞があると考えてしまうので、考えることが疲れる時は聞けません。元気な時は好きで、共感できる歌詞は励まされたりするし。ロックは全体的に苦手です。モーツァルトは音が飛んでいるイメージがよく沸きます。バッハは脳波が平らになって、楽になる感じがします。昔の人なのに作品がずっと残って今でも演奏されて、今の人たちに喜ばれるなんて何てすごいことだと思います。言葉も確かにそうだけど、古い言葉は分からなかったりするし、音より時代が関係するものだなと思います。楽器はリュートやチェロ、フルートが好きです。
 あと、美術館が大好きです。目が見えないけど、入った途端に空気が変わるのが好きです。そこにかかっている絵を描いた人は昔の人なのに、そこに本物があって、こちらからも見ているけど、向こうからも見ている気がする。描いた人は死んでしまった後でも、伝えようとしていることがちゃんとある。美術館に行くまでが大変だから、贅沢の極みですね。
 人間がつくった物だから、どれもすごい。芸術って必要だから残っていると思うし、それができるのは人間だから、大事だと思っています。華道や茶道、書道とか、道がつくものも精神的に同じ所を見ていると思いませんか?そんなことを考えるのが好きです。芸術家は結構、障害があったりして、そういうところは不思議でもある。でも、人間のすごい所は尺度でなくて、みんな何かを持っているわけで。なかなかそう思っても、自分がこれでいいのか?と思えないのが苦しいところですね。人と比べちゃうしね」

NON−女性として、今どんなことに興味がありますか?
「あまり女、男って考えたことがないけれど、私は年齢や性別に関係ない感じで人と会うのが好きです。私は見た目でどうしても障害が重く、内面の表現が苦手です。もっと相手に楽に伝わるようになればいいなと思っています。見た目というのは、『そのようになりたい』とか、『そのように見て欲しい』という表現の一つでもあるから、一応おしゃれはポイントです。花柄模様のブラウスをずっと着たかったです。母はずっとジャージを着せていた。着せやすい、洗濯しても丈夫といった問題が優先されていました。もちろん、ブラウスを実際に買ってきてもらって着てみたら、着にくかったけど、それもやってみないと分からない。この間は髪を染めました。アプリコットブラウンに。次はメッシュにも挑戦してみたい。
 『こんな人になりたい』というのは年齢で変わっていくもので、高校のときは洋服が気になっていたけど、今は物欲は卒業(笑)。そう思っているけど分かりません。若くて、お金がかかることを考えていなかった。お金を稼ぐことは大変でしょ。私のように障害が重いと、そういうことは困難だったりするけど、できればちょっとでも仕事をして、お金をもらえるようになりたいと思う」

会田−今後はどんな表現をしたいですか?
「何か一つに枠を決めるのではなく、何でもありで表現活動をしたいと思います。違う色々な分野のものとコラボレーションをしてみたい。色々な人に出会って、色々な世界の話しを聞きたい。本で読むのと、直接会って聞くのとでは全然違います」会田−桂さんにとって、表現することって、どういうことですか?
「それは、生きていることそのものですよ。『生きていて良かったな』と言うか。生きる喜びというと照れくさいですけど、今生きていられて本当に良かったと思うから。表現したものが残っていけば、私がいなくなっても、作品に接してくれる人がその中に何かを感じてくれると思うので、そうなったら嬉しいと思います」


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