NIYONIYO 命のことば
インタビューを終えて
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脳性まひという障害を持って生まれた上に気管切開手術により完全に声を失ってしまった桂さん。ご本人がインタビューでも語っているように、もしも私がその立場なら「お先真っ暗」と絶望したことだろう。しかし、当の桂さんは、想像を絶する障害の事も明るく淡々と語ってくれた。生来の明るさだろうか?あるいは生きることへのエネルギーの強さだろうか?ベッドの上に寝たままの桂さんが、きらきらと輝いて見えたのは私だけではなかったはずだ。
養護学校の先生との出会いがあり、桂さんが「書く」ことに出会えたのは幸いだった。初めは自分の気持ちを伝える便利な手段に過ぎなかった言葉と思われるが、言葉の便利さ、楽しさ、時にはもどかしさを自分なりに確かめている内に、ある時、「ばかん!」と別の次元の扉が開いたのだろう。すなわちそれが詩や短歌を創作することで、桂さんは言葉の翼を手に入れたのだ。言葉を少しでも扱う人間なら、言葉の翼に乗ってどこまでも飛んでいけることを知っている。たとえ日常の次元ではどこへも行けなくても、言葉の翼をつけた心はどこまでも自由だ。限りがない。「言葉を習って自由になった感じ」と述べた桂さんの気持ちが私には良く理解できる。物語や詩歌は架空のものではあるが、そうであればこそ、手渡した相手自身の物語になることができるのだ。個人的で情緒的なコミュニケーションを越えて、さらに多くの人と作品を通したコミュニケーションが可能になることを桂さんはある時点ではっきりと意識したのだろう。
詩やエッセー、それに最近では書をアートとして描くようになった桂さん。表現の手法を得てどんどん自己を外側に広げていっているが、私が興味を覚えたのは、そんな桂さんがなぜ「短歌」を作るのかという点だった。
若い世代には「五七五七七」という枠は窮屈なように思える。でも、なんでも好きなことを好きなように書くスタイルが一番とは限らない。「何でもあり」のスタイルは、時に言葉を軽くし、言霊の力を殺ぐものであることを桂さんは知っているのだろう。
「五七五七七」の枠を意識する段階で、確かに枠は窮屈なものだが、一度その枠の中に入ってしまえば、扉は内側に無限に開いている。「五七五七七」は宇宙への扉なのだ。その扉を越えたとき、言葉は凝縮され、日常語は非日常語へとシフトしていく。そのじわっとする、しんねりする楽しみが短歌なのだと私は思う。自分を見つめ、また言葉の可能性を追い続ける桂さんが短歌という詩形を選んだことは、そういう意味でごく当然と言えるかもしれないが。
インタビューの後で「言葉は自分が作るというよりは上からふわっと降りてくる感じだよねぇ…」ということでお互い共感し合った。「言葉が来る」というのはまさに至福の瞬間である。それはたぶん神さまからの贈り物なのだ。そしてその贈り物を受け取るためには常に無心で両手を広げてなくてはならない。無心になれるという事、そしてしんとするような心の寂しさ、詩人にはそんな時間が必要だ。桂さんにはそれを感じる。透き通る明るさの彼方に見えるしんとした寂しさ…桂さんが見上げる空の色のように。これからも桂さんのご活躍を期待しています。
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【Lee (歌人)】
大和言葉と調べに魅せられて短歌を始める。馬場あき子主宰の「かりん」を経て、現在は個人で地道に活動中。時折短歌サークル等の指導も行う。また平成19年よりLeeのペンネームで詩と短歌による個人誌『ぴゅあ*ろごす』を発行。美しい日本語によるヒーリングときれいな心作りをめざす。Blog「発泡すいすい」http://blogs.yahoo.co.jp/kotonoha_lee7874 |
初めてお会いした桂さんは、ブログからイメージしていたとおり、あふれ出すような豊かな感性と鋭い観察力、そしてユーモアをあわせもったとても聡明な「女性」でした。また、ネイルのお手入れや、カラーリング、ローラ・アシュレイの花柄が大好きで、カメラを向けるとバッチリ笑顔の可愛い「女の子」でもありました♪
澄んだ瞳を輝かせながら(時折、いたずらっこのような表情で!)私たちが投げかける問いに、明晰な答えをくれた桂さん。その言葉のひとつひとつが、シンプルでありながら、ものごとの核心をついていて、何度もはっとさせられました。桂さんの自立心の強さと、揺らぐことのないしっかりとした「軸」を自分の中にちゃんと持っていらっしゃるということを感じました。
特に「表現」については、私自身のここ最近のテーマでもあり、桂さんとのお話の中でたくさんのヒントをいただきました。
「うまくできないって悩むのは、うまくみせようって思うから」
「あんまり考えないないほうがいい。感じるまんまで」
「だれだって、(自分を表現する方法を)必ず持っているはずだから」
桂さんが言ってくれた言葉に、 そう、そうなんだよね・・・と肩の力が抜けてほっとするような気がしました。(かつて同じ言葉を私に言ってくれた人いました。偶然にもその人もまた一緒に表現活動をしてたハンディのある仲間でした)
今は、素敵な表現活動をしている桂さんですが、かつて、言葉を伝える手段がなく、「伝わらない、誰にも理解されない」という時期もあったとお聞きしました。そういう時期を乗り越え、今の、誰にこびることなく、まっすぐ、心のままに自分を表現できる桂さんがいるのだなぁと感じました。
かといって、決してキレイごとばかりではなく、「あのころは、けっこう恨んでたんだよー」と茶目っ気を交えつつ語ってくれた、そんな桂さんの正直さもすごく好きだなぁと思いました。桂さんの前では「自分も取り繕うことなく正直でいたい」と思わせる懐の深さ・・・思わず「聴いてくださーい!」と人生相談したくなっちゃうような(笑)そんな包容力も感じました。
確かに、障害や病というのは、ひとつの側面からみたら厳しい現実であり、第三者には他人には計り知れないほどの痛みや辛さや苦しさもあることと思います。でも、障害があったとしても(なかったとしても)、それに関係なく(もしくは、それゆえにますます)人の心というものは、限りなく自由に羽ばたいてゆける。そして、その人らしさを活かしてキラキラ輝くことができる。そんなことを改めて感じさせていただきました。たくさんパワーをいただきました。
これからの桂さん、ますます楽しみです♪桂さん、(そしてファミリーの皆様も!)ありがとうございました。
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【鈴木真理子】
仙台市在住。会社員。二匹の同居猫をこよなく愛している。写真家の星野道夫さん、作家の宇野千代さん、シンガーの綾戸智絵さんが大好き。最近は、フラダンスにはまっている。アラスカを旅し、ハワイに暮らすのが夢。 |
「桂さんに出逢えて良かったなぁ」。そう思いました。
とても魅力的。
日々、色んなことを考え 生きている。
そして、その考えや思い、感情を 素直に表現する所に まぶしさを感じます。
「あ〜私は桂さんのように、毎日を丁寧に生きたかったんだ」。そんなことも考えました。
今、私は桂さんがとても気になる。
まぶしさを分けてもらいたくて 桂さんのホームページを「おきにいり』に登録。
あれ以来、桂さんの日記にうなずいたり、なるほどと思ったり。 日々忙しい。
やっぱり まぶしい。
今とても興味がある人 桂さん。
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【NON】
生まれも育ちも仙台。毎日、自分の好きなことばかりしているという、とお〜っても幸せな人生を送っております。そんな私の好きなもの・・・ダイビング、ジャズ、フラメンコ、図書館、ハリーポッター、明太子、焼きそば、ケイン・コスギ・・・あ〜書ききれない。とにかく、好きな物がいっぱいあって、幸せな毎日を過ごしている私なのです(^^) |
大越桂さんにインタビューに行く直前、ブラームスの「ドイツ・レクイエム」を聞く機会があった。ドイツ・レクイエムは、ブラームスがルター訳のドイツ語の聖書から自ら言葉を選び、作曲したものである。レクイエムはもともと、ラテン語の聖書の言葉に音楽がつけられてきた。ルターの宗教改革、聖書の自国語への翻訳は、教会の権威を通さずして、人々が自分でじかに聖書に向き合う意図を持っていた。自分の言葉によるレクイエムをつくろうというブラームスの思いは、レクイエムの改革と言いたい。個人的に最も深く考えさせられるのは、言葉も音楽も含めた表現形式すべてにわたり、自らのものとするということ。人間が事を理解するのに、何らかの表現形式を用いなければならないのだから、それは、なしうる最大限の努力を持って魂の奥底に迫ろうとする行為の一つだと思うのだ。
自分の言葉で…ということ。
桂さんの話を聞いていて、そのことをとても強く感じた。魂の奥底から発せられる、心のこもった真実の言葉。インタビューに応じて話してくれる桂さんの言葉、桂さんの詩の一つ一つに、真に満ちた言葉の美しさ、みずみずしさを感じた。言葉が生命力を持っているのだということを、素直に感じさせてくれた。
最近、言葉を大切にすること、実のある言葉ということを考えていた。自分の言葉が真のある言葉であるか、自分の心に率直であるか、嘘のものでないかどうか…言葉を大切にしたいとつくづく思う。桂さんの話を聞いていて、素敵なことも、美しいことも、時として綺麗事でなく、不安や、苛立ちのようなマイナスと思われることも、すべてを大事にしていることを感じた。さまざまな感情を持ち、感動し、苦悩する人間は、さまざまな言葉を用いる。言葉はそうして陰影のある豊かな世界を広げていく。桂さんの言葉も、そのように世界を広げていく力を持っている。
桂さんの卒業コンサートを聞きに行ったとき、詩「ことばのことば」にぞくっとした。
ことばはうまれて育って生きる
大切に大切に
だいじにだいじにやさしくすれば
みんなの心に種をまき
ちゃんと芽を出し実をつける
(ことばのことばより)
自分もそのように、言葉を大切にして、人とかかわり合いながら生きたいと思った。
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【会田正宣】
学生時代、環境問題を研究するサークル「なちゅれ」を主宰。楽器や空手など四方八方手を出すが、身につかないことばかり。気の多いB型。今は中国語に取り組む。アイルランドのロックグループ「U2」ファン。記者。横浜出身。 |
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