NIYONIYO  出会った そのときに

インタビューを終えて

 何か自分にとって、大切なことに出会ってしまったとき、ということがある。すでに出会っていたことが徐々に重みを増し、自分にとって必然的な出会いであったことが分かってきたり、突然の事故のように、ばったりと運命的に出会ったり。それは人さまざま、ケースバイケースだろう。それ以上に、出会ったことに、どう対応するかもさまざまだ。
 海南友子監督は、旧日本軍が中国に遺棄した毒ガス兵器の問題に、旅先で偶然出会ったという。その偶然から取材を重ね、一個のドキュメンタリー作品を制作するまでに至った。大きな問題に一人で果敢に取り組み、形にするまでの、血のにじむような努力を想像してしまう。インタビューで語ってくれた言葉では表しきれない苦労があったと思う。
 知人の中国人留学生に映画のことを話したとき、「日本人がその問題を取り上げるということが大きな意味を持っています。とても勇気がある方ですね」と感動していた。
 
海南監督にとって、戦争やアジアというテーマが以前からずっと念頭にあり、その素地に発火するように出来上がった作品であろう。とすると、遺棄兵器問題のほうでも、海南監督という人との出会いを求めていたのではないか?と思う。

 戦後60年、中国では被害が続き、いまだに解決されていない問題。日本では忘れられたように埋もれていた問題。その両国のギャップをつなごうとしている海南監督。一連の出会いをいただいた自分が今思い出すのは、大戦後40年の際に西ドイツのヴァイツゼッカー大統領が言った言葉である。
「過去に盲目となるものは、未来にも盲目となる」

【会田正宣】
学生時代、環境問題を研究するサークル「なちゅれ」を主宰。楽器や空手など四方八方手を出すが、身につかないことばかり。気の多いB型。今は中国語に取り組む。アイルランドのロックグループ「U2」ファン。記者。横浜出身。

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