NIYONIYO   魯迅の後から

インタビューを終えて
 私も魯迅が好きです。中学の国語の教科書に、魯迅が書いた『故郷』が載っていてました。授業で魯迅という人の生き様を聞き、話に引き込まれました。その時のことを今も憶えています。感銘しました。こんな言い方はこそばゆいのですが、他にぴったり合う言葉が思い当たりません。その魅力は何だったか、一言でうまくは言えませんが、幸せを追求し諦めない姿…ではなかったでしょうか。愛と正義に満ち、誠実で強靱な精神を尊敬しました。自国を救うため一人で立ち上がった中国人。「魯迅は英雄ではなかったが、偉人だった」という言葉がきゅっと心を締めつけました。
 その魯迅をこのゆかりの深い仙台で紹介しようと、演劇を企画し自ら演じたのが沈さんでした。この日、また魯迅にふれることができ嬉しかったです。海の向こうの中国の人々と同じ感動を共有していたことは、さらに嬉しくしました。
 そうそう、忘れてならないのが藤野先生。藤野先生は中国で一番有名な日本人なのだとか。魯迅が藤野先生を生涯の師と仰いだことが書き残されているようです。注目すべき点は、二人は日中が戦争に入ろうとしていく最中でありながら、互いに相手に思いやりを持ち続け、医学を通して心からの交流ができたことです。「当時、藤野先生のような人は本当に少なかったのではないでしょうか」と沈さん。この出会いは百年経った今も大きな感動を与え、人の大切な何かを教えてくれます。
 沈さんは、演劇について話している時がひときわ楽しそうに見えました。計画の全てはびしっとデータ化していて、パソコンの中を気前良くいろいろと見せてくれました。丁寧で綿密そうな仕事ぶりに、私はひたすら感心しました。終始いきいきとした表情は、「日本にいるチャンスはとても大切です」という言葉どおりに、『今』を最大限に輝かせて生きていると感じました。
 次の構想も既にある。そこにかける意気込みも飄々と見せていました。来春に帰国を控え、輝きのボルト数はさらに上がる気配です!
 初めて訪れる私たちに、沈さんは得意の料理を用意してくれていました。友好とは、心を広げて人を迎え入れることなのですね。中国で反日運動が立て続けに起きた後で、曇りのない人懐っこい彼の笑顔はほっと心を和ませ、私にとってはまたとない日中友好的時間でした。謝謝!

〈追記〉これを機に、ネットで魯迅関連の記事をサクサクと読みあさってみました。やはり魯迅は深い…。魯迅ファンや研究家の解説・解釈を読み進めるうちに、人生をいろいろ考えさせられました。
【奈津野曽良】
グラフィックデザイナー。仙台在住。
趣味:民族音楽鑑賞(主に沖縄の島唄。アンデス音楽、バリ音楽、ケルトも少々。)たまに自分で三線を弾いたりする。腕前は万年初級。ミ(#/__)/ ドテ
好きなもの:南の島と『インディアンの言葉』とマンゴープリン。

 中国で反日デモが起こる中、中国人留学生はどう過ごしているんだろう…そんな気持ちを持って参加したインタビューでした。沈さんの第一印象は、青年のようなさわやかさと容姿で、とても37歳というお年には見えない、ということ。しかし複数の学校を卒業し、職もキャリアアップ、更なる研究を積んで祖国の教育界に貢献したい、という姿勢はとてもエネルギッシュで、若々しさに、やはり納得するものがありました。
 魯迅の劇を、素人ながら、脚本書き・人集め・資金集め、すべて一から自分の手でやり遂げ、上演するにいたったことは、いかに精力的な沈さんとはいえ、数々の困難もあったことでしょう。しかしその動機が、魯迅の師である藤野先生の人間性にとても感銘を受けたこと、また彼らの出会いの場である東北大にいま自分が学んでいること、魯迅留学100周年の記念出版事業に参加したことなど、人のつながりの貴重さ、深さによっていると、私には思えてなりませんでした。
 「反日デモをどう捉えているか」との質問に、「双方の相互理解が少ない」と答えていた沈さん。「政治家の言うことは変わっていくけれど、一般の人々の間の交流は変わらない、そちらを信じたい」ともおっしゃっていました。自分の研究のかたわら、魯迅の劇の続きを上演して日本と中国との交流と理解を深めたいと熱く語る沈さんに、深い人間愛を感じました。(インタビュー終了後、彼お手製のおいしいお料理をいただいたことで、その思いは決定的になりました)

【高塚美奈子】
仙台市出身。ピアノの指導と演奏を仕事としている。教えているのは2歳〜60歳。趣味、習慣、健康法は飲酒。

 最近、日中関係が悪く、個人的に中国の歴史などに興味がある自分として、残念な思いでいる。中国人の友人も数人いて、友誼に厚い(時に暑苦しいぐらい)彼らの姿に接してきて、個人と個人で通じ合える付き合いと、国と国のレベルでの関係との落差を感じる。
 沈さんは個人の段階で、日本人との友好を深めようと、魯迅の劇を企画、上演した。うれしいことだ。魯迅の時代と今は、状況が違う。しかし、魯迅と藤野先生の関係は友情ではなく、師弟の敬意の情だが、友情、尊敬、信頼といった言葉こそ、今の日中両国に必要なものだ。
 魯迅が最も訴えていたこと、それは、当時の中国の多くの一般民衆が持たず、意識もしていなかった近代的な個の自立だったと言える。近代は過ぎ去ったが、真の意味での個の自立、権力等に操作されてしまわないよう、個の信念を持ち続けることの難しさは、今も変らないような気がする。だから、魯迅の遺産は、今の私たちにとっても貴重な財産だと思う。
 沈さんは信念を持ち、行動する人だ。上品で優しく、友情の大切さを知る人だ。魯迅の後進の留学生というに、ぴったりの人だと思った。

 魯迅の小品「うるわしい物語」(1925年、訳は河出書房・世界文学全集)から、一部を抜粋する。

「朦朧としたなかに、わたしは、あるうるわしい物語を見た。
 その物語は、美しく、ゆかしく、興があった。多くの美しい人と美しい事とが、満天の錦雲のように入り乱れ、万顆の流星のように飛びかい、同時に無限のかなたへひろがった。(中略)

 わたしは、真実、このうるわしい物語を愛する。砕けた影のまだ残っているあいだに、わたしはそれを呼び戻し、完成し、書き留めておかなければならぬ。わたしは書物を投げ捨て、からだをかがめ、手を伸ばして筆をとりあげる−だが、砕けた影はどこにあるだろう。暗い灯火があるだけで、わたしは小舟の中にいないのだ。
 ただ、このうるわしい物語を見たことだけは、わたしは忘れぬだろう。暗い、沈んだ夜に…」

【会田正宣】
学生時代、環境問題を研究するサークル「なちゅれ」を主宰。楽器や空手など四方八方手を出すが、身につかないことばかり。気の多いB型。今は中国語に取り組む。アイルランドのロックグループ「U2」ファン。記者。横浜出身。

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