NIYONIYO 2004年冬号
大地を踏みしめて
三浦隆弘さん 聞き手 会田正宣 you-ko 奈津野曽良 山田好恵

山田−有機、無農薬栽培は苦労なども多いかと思いますが、なぜ取り組もうとしたか、きっかけを教えてください。
「宮城農業短大の学生時代から、環境問題の市民ボランティア活動に入れてもらうようになりました。ごみ清掃のACT53やMELON、干潟の清掃活動をしているクリーンアップ蒲生とか。環境に興味のある消費者と一緒に活動するうち、収量を多く取る、数をそろえるといった慣行栽培とは別な価値観で、環境を守りながら農家として飯を食えるのではと思いました。まだすべて無農薬、無化学肥料でやっているわけではなく、第三者認定も取っていないので大手を振れるわけでないし、バランスを取りながら移行しているところです。すっかり移行するには15年から20年かかると思います。それまで世の中がもってくれればいいですが(笑)」
山田−若い農家の方で、有機に取り組む人は多いですか?またこの地域で若い農家の方はいますか?
「有機は多いと思います。新規就農を考えている人の多くはそうじゃないでしょうか。思想としての有機、田舎暮らしのイメージから入ってくる傾向は多いと思います。理想と現実の差は、地域や作物によって違うと思いますが。周囲では20代、30代といった同世代の農家はあまりいません。60、70代が主力ですよね。同級生も就職している人が多い」

【三浦隆弘さん】
1979年、名取市下余田の農家の長男に生まれる。仙台育英高校、宮城農業短大卒業。セリ、ミョウガタケなどの野菜と米の専業農家の7代目。環境問題に興味を持ち、さまざまな市民活動団体にボランティア参加。2003年、長男光晴君が生まれる。2004年3月から月1回程度、自宅の田畑で野菜の収穫体験、試食を楽しんでもらい、消費者に農業の現場に触れてもらう「なとり農と自然のがっこう」を始めた。

会田−環境に興味を持ったのはなぜですか?
「うちはセリ農家で、僕で7代目ですが、小四のときに父が亡くなりまして、母と祖父母がセリの専業農家として、子ども3人を高校、大学まで行かせてくれました。下余田地域はセリの特産地で、地域ブランドになっていて、セリは現金収入が良くて、米より入ります。そのためセリ農家の参入が増えています。生産現場を見ていると、地鳴りがします。セリはきれいな水が多く必要で、冬場は24時間、井戸水をくみあげ続ける。関連づけるデータは見つけてないですが、水のくみ上げ過ぎが原因だと思います。実際、地下水の水位が下がり始めてますし。平場で、住宅地と農業地域の混住地域ですし、きれいな水が豊富にあり、セリ栽培の理想的な場所とまでは言えない。『持続的な農業でないな』という危機感から、いろいろな人に会ったり、いろいろな所に行くようになりました。
 個人的にはいろいろな人に出会える楽しさもありますが、地域に生まれ育った農家の視点では、観念的に言うと、お墓に入って先祖に申し訳ない。『資源取り尽くしちゃった』『田んぼ売っちゃった』では。地域資源は、先祖から伝わった財産というより、『未来の子どもたちからの借り物』と考えられます。自分たちの代にあったぐらいの資源は、下の世代に残す責任の一端があると思います」

会田−市民活動で農の面で関わっているワークはどんなことがありますか?
「まちづくり政策フォーラムというNPOで行っている『プチファーム』の取り組みが一つですね。プチファームは仙台市太白区の坪沼で、遊休農地を何とかしようと、NPOが仲立ちして市民に農作業を手伝ってもらう市民農園です。土地の賃貸や売買契約ではなく、農作業を支援する形で、お金も借地料ではなく、指導料ということで動く。今六年目で、利用者は30人あまりです。私はそこの農場長で、野菜の作り方を教えたり、合同で農作業をする『畑で一服』というイベントを企画したりしています。
 農地はあるけど、後継者もいない、体は動かない…といった農家の、農地への思いはあって、身につまされるというか、思いは受け取っています。農家の思考回路などはプチ・ファームから学んだことが多いですね。私自身は農家の思いも聞けるし、農に関心のある市民の話しも聞けて、すごく勉強になります。
 その他、仙台市太白区ひより台での、生ごみリサイクル町内会の堆肥を受け入れたり、仙台スタジアムでのごみ減量作戦で、カップのリユース度調査に参加したりしています。
 今年から、環境保全米ネットワークというNPOの、JAS有機米検査員になりました。有機農産物の検査をするわけですが、それこそ有機農法の先輩のところに行ったりするわけで、検査というより、勉強になりますね。完全に有機だけでなく、減農薬や減化学肥料に取り組んでいる農家などにも行くわけですが、教えを乞いに行くようなものです。農機具の管理を見ていて、農具を大事にすることの大切さなどを感じさせられて、とても勉強になりました」

会田−今年春から自分の田畑で「なとり農と自然のがっこう」を始めましたが、その意図などを。
「がっこうは三月から、月1回程度、セリやミョウガタケ、仙台長ナスなどの収穫体験や試食をしてもらっています。学生時代から数えて6、7年、市民活動などでボランティアをして、フィールドに入ってきました。丸森で桑畑を開墾したり、鳴子で荒れた森林の管理をしている人など、『自分の地域を何とかしよう』と頑張っている人々に出会い続けてきて、シンパシーを感じて、『ほれた』というのが当たっています。自分も足元で、自分の地元で何かしなければ、地域を何とかしようと。開発が入ってきたから、アリバイづくりに地元学をやろうといったことになる前に、農家の自分として今から手をつけたいと思いました。子どもが生まれて、なかなか家から出られなくなったという事情もありますが(笑)」


「なとり農と自然のがっこう」での仙台長ナスの収穫
山田−『地域資源は子どもからの借り物』なんて、親にならないと実感できないですよね。
「子どもが生まれるだけでも観点が変わりましたね。自分の代さえもてば良いという考えになりませんから。『ここはこんな地域だった』というデータをまとめて、子どもに残したい。下余田地域は篤農家の多い地域で、昔からセリやミョウガタケといった伝統野菜が伝わっている。地域の特性を生かして、特産地が形成されてきました。どんな作り方が伝わり、どんな食べ方があり、行事などの地域文化や、地域を掘り下げて行ったら面白いことがたくさんあると思って。生まれ育った地域だけど、知らないことが多いんですね。あの祭事でお餅を食べるのはどうして?とか、道端にある石の塚は一体何なのか?とか。おじいちゃんに聞き取りをしたりして、地域の遺伝子を伝えたい。今のうちに残しておかないと消えてしまうことが多いと思います」
you-ko −実際やってみて、参加者からの反応はどうですか?
「まだ一年目なので、プログラムへの評価なのか、場所への評価なのか、全体への評価なのか、聞き取りはできていませんが。『アンケート表でもつくれ』という話しですが、でも終わってからアンケートを書くという気も起きないかも知れませんよね(笑)。一年やってみて、ニーズがあれば色々なやり方を考えていきたいと思います。ここに来たら、どんな反応をするのか、蓄積していきたい。周囲に子どもが少ないので、子どもたちがいっぱいくれば、自分の子どもの友達もできると良いなとも思いますし。こうした取り組みって、『大根と出会う』でも何でもよくて、野菜を収穫してもらって、食べ方を知ってもらって、消費者に生産者を知ってもらうというシーンさえ間違わなければ、どんな農家でも可能だと思います。単純に農家と出会うということ。グリーンツーリズムって、単純に『その農家や漁師に会いたい』ということだと思うんですね。あるいは地場産業でも」

セリ洗いを体験する子どもたち

you-ko−がっこうでは実際、あまり話しとかしないで、見ている、ほったらかしという感じでしたよね(笑)。
「言われたことは、忘れますよね。『ふーん』で終わり(笑)。やったことは覚えている。一点、例えば、『セリうどんが美味しかった』といった思い出が残れば良いなと思います。今、アトピーのお子さんの母親など、安全な食べ物に悩んでいる人は多いですが、情報に振り回されていることも多いと思います。それより、ゆっくり座ってお茶でも飲みながら、農家の現場を見てもらって、野菜の味を自分の感覚で確かめてもらいたい」
奈津野−今はス―パーに野菜が並んで、曲がったきゅうりは見た目が悪いから、店頭には置かれない。消費者が本物を知っているかどうか疑問も抱きます。

「それも一方の情報なのではと思うんですね。まっすぐでも曲がっていても、おいしいキュウリはおいしい。健康な土で、健康な作物をつくれば、おいしい物が取れる。まっすぐなキュウリでも良いキュウリはあります。だから、『あなたの感覚で判断してください』と。消費者も育たないといけないですよね。
 常に人が訪れる、市民農園のような仕組みもできればと思っています。自分が野菜を育てていれば、毎日の天気が気になったり、台風が来たら畑が水浸しになった体験をするとかしますよね。ひいては環境のことを考えるようになるとか。実体験を伴わないと、伝わらないことはあります。すると、僕の立場からすれば、台所=消費者が近づいてくるのかなと思います」

you-ko −今、子どもを受け入れるのって、神経を使いませんか?親のほうが過敏になったりしていますし。自然がある所って、危険もあるわけで、受け入れは大変だと思いますが。
「気は使いますね。環境教育の勉強はして、CONE(自然体験活動協議会)という団体や、自然観察の安全管理などの資格を取っています。一応、川でカヌーを教えられるぐらいの程度にはなっているんですよ(笑)。自然体験の場では、事故などのトラブル対応は非常に重視されています。良かれと思ってやったのに、痛い目に合っている活動もあります。
 がっこうの場合、大人数ではなく、分かっている所で分かっている作業をするので危険は少ないですが、今年、増田小学校の児童の田植えや稲刈りを体験する総合学習を受け入れました。子どもが多いので、事前の説明はかなり時間をかけました。ちゃんと説明して、先生や保護者にも分かってもらうこと、また説明したということをアピールする必要もあります。もっとも、学校の総合学習は、子ども経由で親や地域へと、地域に分かりやすいロジックで伝わるので、がっこうを始めるに当たって、良かったです。それがなかったら、もっと大変な道になっていたかも知れません。受け入れは丸一日、本業がストップする格好になりますが、自分も楽しいので」

奈津野−実家が農家で、苦労話しも多く聞かされ、実際大変な仕事だなと思ってきました。私は務まらないなと。農業離れが進む一方、都会の人は行楽的に農に関心を持って、ギャップは大きいと思います。農業を継ごうと思ったのはいつですか?
「18、高校を卒業したときですね。じいちゃんが倒れて手術したので、農業を継ぐかということで。高2のとき、もやもやしていた時期に山形林間学校という、夢枕獏さんと鳥海山に登ろうというイベントに参加しました。獏さんに相談に乗ってもらって、背中を押してもらった感じでした。生まれて始めて酒を飲んだときでしたね。その前は、長男なので『継ぐものだ』と思われていたことに反発していたころもありましたが、そのときは吹っ切れていました」


セリ摘み

奈津野−他にやりたいことなどはなかったですか?
「プロレスラーになろうと思ったことはありますね。みちのくプロレスが好きだったので。農業一本に集中してよいのかという思いは、今もあって、古本屋の親父と兼業できないかなと思ったりすることもありますが。新規就農するのに比べれば、よほど楽だと思ったのも確かですよ。土地はあるし、セリは現金収入に結びつくので、仕組みに乗っていれば楽なわけですから。同時に、最初に言ったように環境のことも考えましたけどね」
奈津野−大変だというイメージはなかったですか?
「特になかったです。最近腰が痛くなってきましたが(笑)。母親や祖父母は大変な姿ばかりを見せようとしなかったですし。もちろん、実際見ていると大変ですよ。正月、クリスマスも返上で働かなければいけないし。今はスローフードなんて言いますが、農繁期は親がみんな仕事なので、我々兄弟は毎日カップラーメンを食べていました(笑)。畑に行けばいくらでも食べるものがあっても、つくる人がいない。それで、兄弟で当番で飯をつくろうと、料理をするようになりました」
会田−子どもに農業を継がせたいと思いますか?
「『すごく面白いよ』と薦めはすると思いますが、押し付けたくはないです。子どもの人生に干渉はしたくないので。保障された道を行くのって、一度こけると大変になるので、いろいろな所でけがをして、落ち着いた先で、自分と違う着眼点で考えてくれれば」

奈津野−農業が今後どうなっていくのかについて、どう考えますか?

「2極に特化していくでしょうね。地域にこだわって、有機やフェアトレードの延長線を追及して、産消提携の理想形を目指すといった方向と、大規模化、会社化したりして、スケールメリットのある仕組みの大口生産と。どっちかになると思います。僕は農家がどんな人で、どんな思いでいるのか、思いが伝わることが重要だと思います」
奈津野−三浦さん自身はあくまで地域にこだわるということですか?

「生まれ育ったところなので。最近、農協青年部の集まりに顔を出せるようになって。やっと種、花粉を撒き始めたところでしょうか。有機など、僕だけが突出しても面白くない。地域全体が魅力を持つことが大事だと思います。下余田は既にセリのブランドが確立していますが、ということは、一定量のロットのセリを出荷できることが求められる。私の家でも、セリは農協に中心的に出しています。知り合いのレストランや居酒屋など、断れなくなったところには出しますが、基本的に農協です。野菜の宅配もしていますが、ずっと産直と協同出荷の両立を図っていくと思います。がっこうなどの取り組みも、まずは生産者としてしっかり営農できることが大事。周りの農家からも、農業自体を『ちゃんとやっている』と認められることが大事です。そうでないと、すべての基盤が崩れます」
会田−食料が足りなくなる不安があると思いますが。
「足りなくなると思いますね。若い担い手は減っていくし、一戸の農家、農地で養える人口は限られますし。今、天気が悪いと、野菜がすぐ高くなりますよね。少し前には大豆が急にストップするという話題がありましたが。その点、保険の意味でも、市民農園ってニーズがあるように思います。農家が農業のノウハウを提供して、市民が農作業を支える形で」

you-ko −忙しいと思うのに、いろいろなことを勉強されていますね。
「時間の使い方を工夫して…。農業は5年目で、この5年間は駆け足でした。いろいろ手をつけて分けが分からなくなっていますが(笑)。農家は家族の誰かが欠けたら、綱渡りなので、今のうちに勉強しておきたいと思っています。その点、家族の共通理解を得られていることがありがたいです」
会田−将来の地域の理想像とかってありますか?
「トキが戻ってくるような日本…比喩として言うと、そんな感じですが。トキにとって必要な生態系があるということは、水や田んぼの世界に通じています。野生動物と共存できない社会は健全でないですよ」


三浦隆弘さんと長男光晴くん

会田−今感じる農業の魅力は?以前と違いがあったりしますか?
「同じことがない、同じものと出会わないことですね。風景も昨年と同じでないし、農家がちょっと手を加えて、その作用で食物が育ったり、あるいは成長を抑制したり、虫が大量に発生したり。渡り鳥が来たり、季節ごとに違う野鳥が訪れる。見ているだけで楽しいです」


インタビューを終えてを読む

トップに戻る


感想コーナーへ行く
メールで感想をお寄せいただいた方に、オリジナルデスクトップ壁紙プレゼント!


三浦隆弘さんのサイトへ行く