NIYONIYO         西馬音内(にしもない)盆踊り点描

(会田正宣)

にしもない盆踊りの写真です

  3月、仙台の自宅の風呂がこわれ、初めて銭湯に行った。古い商店街の中にある銭湯に入ると、中高年の女性がひざ掛けをして、テレビを見ながら番台に座っていた。風呂の床は、約5センチ四方の薄いブルーのタイル張りで、ケロリンの黄色いおけが置いてある。シャンプーを忘れたので、石けんを買った。

 風呂から上がって服を着ながら、ふと見上げた壁に張ってあったのが、国の重要無形民俗文化財に指定されている秋田県羽後町の「西馬音内盆踊り」の写真だった。昨夏、西馬音内盆踊りを見に行った。町場の銭湯でのまさかの再会だ。

 踊りは、鎌倉時代に修行僧が蔵王権現を勧請したとき、豊年祈願として踊らせ、その後、江戸幕府が開かれる直前に滅んだこの地の城主の霊を慰めるため、遺臣が踊った亡者踊りと合流したとのいわれがあるそうだ。女性たちはそれぞれ、すそなどに配色や図柄を工夫し、絹の布を「端縫い」した着物を着て、編み笠か、「彦三(ひこさ)頭巾」という黒い覆面をかぶって、踊る。


 踊り方には、音頭と「がんけ」というのがある。がんけは、月の夜を飛ぶ雁の姿を連想した「雁形」、仏教伝来の「勧化」、現世の悲運を悼み、来世の幸せを願う「願生化生」がつまって、がんけとなったなどといわれる。

 囃子は「よせ太鼓」「音頭」「とり音頭」「がんけ」の四種類。歌詞は素朴で、野趣を感じさせる。

 黒く夜がふけるにつれ、笠の下の踊り手のうなじが、ほんのり上気してくる。踊りのよさと着物のセンスで男が女を品定めし、恋が芽生える。盆踊りが縁で生まれた子どもは、少なくなかろう。これほど、優雅でエロティックな踊りは見たことがない。隣の雄勝町は、小野小町の生まれ故郷でもある。



ひこさ頭巾の踊り手の写真です

 銭湯の番台の女性と話した。西馬音内盆踊りに惹かれ、仙台にいる羽後町出身の女性に踊りを習っており、「いずれ踊りに行って見たい」という。彼女は淡く茶色に髪を染め、端正な顔立ちに、ゆったりとしたたたずまい。どんな恋をしてきたのだろうか。三十分前、三百数十円の銭湯代を黙って無表情に受け取った彼女の目が、やわらかく輝いたように見えた。また風呂がこわれても、悪くはない。


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