| NIYONIYO 彼方からの贈り物 インタビューを終えて |
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| 堀籠潤さんとの出会い それは、偶然のことだった。 私はある講演会に行こうと慌てて家を出たが、勘違いで、一時間も早く会場に着いてしまった。「なんてドジな私…」と、がっかりした。やることなすこと思うようにいかず、何もかも空回りしているように思えてならない時が、誰にでもきっと一度や二度はあるだろう。その頃の私がまさにその状態で、ちょっと投げやりな気持ちになっていた。ため息ともにのろのろと歩き出した、その時、ふと目がとまった。静かな、けれど圧倒的な存在感を放った絵がそこにあった。堀籠潤さんの絵だった。 人の身の丈ほどもありそうな大きな絵。青、黄色、緑、赤。鮮やかな色彩で、力強く、のびのびと描かれた動物達。深遠な雰囲気を漂わせた十字架や天使。若さと希望が溢れでたかのような太陽。宮沢賢治の世界を思わせるノスタルジックなスケッチ。ケルトの香りが漂っているが、ネイティブ・アメリカンやアイヌ、アジアのテイストも感じさせる独特の世界。まっすぐさと無垢さ、自由な心。新鮮だけれど、どこか懐かしい。惹きつけられずにはいられない絵だった。いつの間にか時間が過ぎるのも忘れ、私は一つ一つの絵に見入っていた。『この絵を描いたのは、一体どんな人なの?』しばし絵の前に佇み、ぼんやり思った。 会場に飾られた写真の中の潤さんは、心の優しさやあたたかさが写真からも伝わってくるような好青年のイメージそのものだった。写真の隣にあった記事とご家族が作られた画集を拝見し、潤さんが志半ばにして旅先で亡くなられたことを知った。アイルランドに強い関心を持っていたこと、仏教美術を目指していたこと等も知った。 ご家族、友人、たくさんの人達から愛され、情熱、才能、たくさんの可能性を秘めたまま、一人旅立った潤さん。生前お会いしたこともなく、その日偶然絵を観させて頂いただけの私ではあったけれど、ご冥福を祈り心の中でそっと手をあわさずにはいられなかった。 会場にいらしたご家族からお話を伺い、潤さんがたどった人生に触れさせて頂いた。そしてもう一度じっくり絵を観させて頂いているうち、気がついたら、ついさっきまでのくすぶっていた自分はどこかへ消え去っていた。潤さんから「あきらめないで!まだまだやれるよ!」と励ましてもらったような気がした。私は潤さん絵の前で心に決めた。「今できること、やりたいことを、自分なりに焦らずやっていこう」と。 私は単純な人間だし、絵の専門家ではないので難しいことはよくわからない。けれど、潤さんの絵は、観た人に語りかけてくる何かをもっていると思う。誰にも告げず、誰の評価を期待することなく、ただ一人自分自身と向き合いながら密かに描かれた絵。そこには、潤さんの純粋な思い、生き方、人となりがそのまま詰まっているような気がする。 皆さんもいつか潤さんの絵とその人生に出会って頂けたらと願っている。 その時の個展がきっかけで、潤さんのお母様の美智子さんとご縁を頂きました。 美智子さんから最初のお手紙を頂いた時、「これほど心に染みるお手紙を頂いたのは生まれてはじめて…」と涙が出ました。私には想像もできないような深い悲しみ経験をされているのに。心のこもった、たくさんのあたたかい言葉で満たされたお手紙は、私をどれほど勇気づけてくれたことでしょう。今の私にとって美智子さんは、尊敬できる人生の先輩であると同時に、素敵なお友達でもあり、優しさと励ましを届けてくれる「もう一人のお母さん」のような大切な存在です。潤さんから頂いたこのご縁に本当に感謝せずにはいられません。 先日は美智子さんから潤さんの想い出をたくさん伺う機会に恵まれました。(インタビュー参照)可愛がっていた犬のこと、おばあちゃまのこと、お遍路のこと等、それらのエピソードの数々に潤さんのお人柄が偲ばれました。あたたかいご家族と一緒に自分らしく生きた人生は、とても幸せだったに違いないと改めて思いました。 そして、みんなの心の中で潤さんは今もこれからもずっと生きていると感じました。 潤さん、どうぞこれからもみんなを見守っていて下さいね。 |
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| 【鈴木真理子】 仙台市在住。会社員。二匹の同居猫をこよなく愛している。写真家の星野道夫さん、作家の宇野千代さん、シンガーの綾戸智絵さんが大好き。最近は、フラダンスにはまっている。アラスカを旅し、ハワイに暮らすのが夢。 |
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小雨の降る十月初めの土曜日、堀籠さんのお宅を訪問した。 玄関に飾ってある大きな熊の絵がぱっと目に入る。クリアな色使い、迷いのないタッチ、熊らしき動物が画面中央で杵をつくようなポーズ。全体的にはとても単純な構図でありながら、一瞬でぐっと心を掴まれる。 たとえば、秋も深まる頃の月夜の森の中。深い群青色の背景から、深閑とした森の夜を想像する。杵をついているのだから、この熊は森の神の化身だろうか。熊は豊穣の祈りを捧げているようでもあり、また自身の命を寿いでいるようでもある。静謐であり、孤独でありながらも温かい。この熊の背後には無数の生命の息吹が流れている。 全体に透明な空気が流れていて、潤さんが愛したアイルランドや北欧など、私がまだ行ったことのない土地への憧れを誘う。しかしまた、湿った土地の匂いというのだろうか、宮澤賢治の童話やアイヌの神話など、土俗的な懐かしさも感じる。そんなふうにつらつらと絵を見続けていると、今度は静かな弦楽の音色が聞えてきたりする。どうしてだろう。決して強い自己主張をするタイプの絵ではないのに。 要するにこの絵は曼荼羅なんだと気付く。森羅万象すべてを内包するような懐の大きさがある。自然が創り出すものに強く心惹かれた潤さん、インドネシアから帰ったら、仏教美術を学びたいという志を抱いていた潤さんの思いが密やかに伝わってきた。 一年が経つとはいえ、潤さんを喪った悲しみは一時も堀籠さんの心を去るものではない。時折涙を浮かべ、声をつまらせながら、潤さんのこと、その後の自分のことを語ってくれた。 潤さんは残されたお母様である堀籠さんに、絵という大きな贈り物を遺していかれたが、その絵を通して、お母様が人と繋がり、人とともに生きていくことの素晴らしさ、確かさを噛み締めていくことを望まれたのではないだろうか。 現在、入浴介護の仕事という多忙な毎日を送る中で、「生かされている自分」を感じるようになった堀籠さんの心は、いつも潤さんと一緒である。ありのままの自分を受け入れつつ、謙虚に一歩一歩前に進まれている素敵な堀籠さん、お会いできて感謝の気持ちでいっぱいです。 |
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【佐藤きよみ】 仙台市出身で獅子座のA型。平成2年から短歌を始めて、馬場あき子主催の「かりんの会」に所属。4年、「カウンセリング室」で、第35回短歌研究社新人賞受賞。7年に第一歌集『パウル・クレーの憂鬱』を上梓。現在は児童相談所に勤務。趣味は中国文化に触れること、アジア映画をみること。レスリーチャン、金城武のファン。 |
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好きな小説に、こんなシーンがある。ピアニストである主人公の親の、やはり音楽家が死んだ。絶望している主人公に、その親の弟で、社会的評価も低い仕事に就いている地味な叔父が言う。「人は誰でも、胸の奥に、愛する人たちが眠る墓場を持っているものだ」と。愛する者の眠る墓場とは…愛する者の思い出、思い出が大事にされている場のことだ、と思っている。 堀籠美智子さんにお話を伺った。息子さんに先立たれた悲しみについて、僕自身は何も言える言葉はない。できるとすれば、わずかに、遠くから感じることだけだ。 人にとって、家族や友人など愛する人の思い出は大きな心の支え。誰もが一人では生きられず、誰かとともにあって生かされている以上、思い出はそれぞれの人の中に、固有のかけがえない世界を張り巡らせている。 潤さんは思い出とともに、絵を残された。思い出自体が生きながら、目の前にある絵が手伝って、また思い出を生かしていくことだろう。僕自身にとっても、潤さんの絵はとても素敵な作品だ。「アイルランドに惹かれていた」とのお話だったが、本当にケルティックな雰囲気で、みずみずしい生命力を感じさせ、印象深い。生前出会ったことのない方だが、その絵は僕にも一つの出会いをもたらしてくれた。 数年前、祖母が死んだとき、当然親族が集まり、いろいろと思い出話をした。その少し後、学生時代の同級生が亡くなった。お母さんは僕らに、「忘れないでいてほしい」と強く願っていた。当然のことながら、思い出とは語られるものである。語られることによって、思い出が分かち合われ、生き残ることであるような気がする。故人が、その人を愛する人の胸の中に残ることであるような…。潤さんが残した作品に、緑色を背景にした十字架を描いた絵がある。絵を見た人々にとって、それぞれの「愛する者の眠る墓」の墓標として現れる作品なのではないか。 |
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| 【会田正宣】 学生時代、環境問題を研究するサークル「なちゅれ」を主宰。楽器や空手など四方八方手を出すが、身につかないことばかり。気の多いB型。今は中国語に取り組む。アイルランドのロックグループ「U2」ファン。記者。横浜出身。 |
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