NIYONIYO 2003年夏号
寄り添う眼差し
伊勢真一さん 聞き手(会田正宣・佐藤きよみ・高橋理麻・飛田裕子・豊田百合枝・NON・日高和帆・吉柴美奈子)
伊勢真一監督の写真です。 ★家族のアルバムを撮る
佐藤−これまで映画を観た時は、映画館という非現実的な空間に行って、その場限りで映画を見るわけで、作り手と観客が完全に分かれていました。でも、最初『奈緒ちゃん』を観たとき、強い印象の場面は少なかったり、気の利いたセリフがあるわけでもないし、『つるつるして、つかみ所ないなあ』という感じもしましたが(笑)、作り手と受け手の距離がどんどん縮まって、自分が前に行っていました。『奈緒ちゃん』を観て、今回『ぴぐれっと』を観たら、『奈緒ちゃん、こんなに大きくなったんだあ』と、どんどん近づいてくる。奈緒ちゃんが可愛く撮影されていて、撮っている人の温かい愛情を感じました。福祉をメインテーマにしたら、『ここが見せ場』などと、作る側の意図が出ると思いますが、押しつけがましくなくて、『私の奈緒ちゃん、ぴぐれっと』という感じで自分の中で育って行く映画だと思いました。
伊勢 「てんかんと知的障害を併せ持つ少女と家族の12年間の記録映画『奈緒ちゃん』は、自分にとって初めての自主製作の仕事です。自主製作って、金がないといったことも含めてだけど(笑)。『どうしてこれを作る気になったのか?』というと、家族のアルバムが動くアルバムだったら、自慢できるかなと思って。奈緒ちゃんは私の姉の子、姪っ子で、姉の家族に、動くアルバムをプレゼントしようと思いつきました。奈緒ちゃんのおじさんとして、奈緒ちゃんのこと、心配は心配で…かと言って、親でもない自分が面倒を見ることができるわけではない。何ができるわけでもなく、傍らで見ていることぐらいしかできない。映画の仕事をしてきた自分にできるのは、家族のアルバムをつくって、ささやかな自慢の種をつくることかなと思ったのです。
ドキュメンタリー映画監督。横浜市の障害者作業所の人々を撮った「ぴぐれっと」、前作の「奈緒ちゃん」(1995年キネマ旬報ベスト10第2位、山路ふみ子福祉賞などを受賞)、東京都世田谷区の脳性まひの重度障害者・遠藤さんを撮影した「えんとこ」('99年度朝日新聞社 今年の日本映画5本入選)、「奈緒ちゃん」などを撮影したカメラマン瀬川順一さんを撮った「ルーペ」('97日本映画ペンクラブ記録映画グランプリ)、長野県に伝わる踊り念仏を撮った「をどらばをどれ」、「見えない学校」などの作品を発表。さまざまな人の日常を、温かい眼差しでほのぼのと映し出す作風で知られる。父は記録映画編集者の故・伊勢長之助氏。
 撮影を始めて何カ月か、半年かは、普段なりわいとしてやっている仕事のあり方から抜けていなかったですね。絵になりそう、話になりそうなことがあるときに撮影しに行くといった…。『やらせ』は違う問題だけど、やらせでなくても、『このシーンを撮ったら、これが伝わる』などと頭で考えて、あてはまる絵を取るといった…。記事でも同じだと思うけど、最初から原稿はできていて、答えがあって、取材に行くのはアリバイということがあるでしょ。
 奈緒ちゃんの撮影では途中から、そうしたことを一切やめようと、スタッフで話し合いました。というより、それができなかった(笑)。自主製作なので、撮影に行こうという時に、スタッフが他の仕事を抱えていて行けないといったこともあってね。
映画「奈緒ちゃん」・「ぴぐれっと」
「奈緒ちゃん」は、伊勢監督の姪で、てんかんと知的障害をあわせもつ西村奈緒ちゃんが8歳のときから撮影を開始。奈緒ちゃんの成長に歩みを合わせながら、家族の様子や地域との関わりを、奈緒ちゃんが成人するまでの12年間撮影した作品で、1995年に完成した。その後も、奈緒ちゃんの母西村信子さんが、同じように障害児を持つ母親仲間とともに、横浜市泉区で設置した作業所「ぴぐれっと」の様子を撮ったのが、2002年に完成した「ぴぐれっと」。作業所ぴぐれっとも今は約50人が利用し、手作りクッキーや喫茶店を開いたり、障害者の一時預かり(レスパイト)事業などにも取り組み、今ではグループホームに発展している。カメラは「奈緒ちゃん」から「ぴぐれっと」へと、20年回りつづけ、現在も撮影が続いている。
自主上映などの問い合わせは03(3406)9455へ
それから、主人公の奈緒ちゃんに『そこに座っていてね』と言っても、動いちゃう。多動性も奈緒ちゃんの個性ですからね。カメラマンとしては『こういうアングルで』と思っても、奈緒ちゃんはそうはいかない(笑)。カメラマンの瀬川順一さんは、奈緒ちゃんを撮り始めたとき68歳で、奈緒ちゃんが完成した後、80歳で亡くなられました。職人的な技術で高く評価されてきた方です。職業人として蓄積してきた自分たちの技術がひっくり返されたような感じです。
 『奈緒ちゃんに会いたくなったら行こう』という感じで、何も撮れるようなものがない時に行くようになりました。誰もが思うような観念的なこと、答えが分かっていることを撮るのではなくて、『自分自身も何を見たいんだろう?』と思いながら、つくるようになりました。あのー、ふだん何か考え事しているときでも、天気が良かったら、『あ、いい天気だな』と思ったり、『自然がきれいだな』と思ったりするよね。それが日常ですよね。そういう風に撮っていくと、自分が感じている空気がつかまえられるんじゃないかと思いました。ただ、そこにいる、そばにいる、という感じで。
 何が良いものなのかという問題もあるけど、『良いものをつくらなきゃ』と思うと、自分自身の中にとらわれが生まれると思うんですよね。『良いものをつくりたい』ではなく、ただ『つくりたい』『撮りたい』と思ったことが大切かなと思う。良い悪いではなくて。例えば、『1番目の子は良い子だけど、2番目の子は悪い子』というのでなく、良い子も悪い子も、子どもは子どもですよね。友達も良い友達しかいない、というのは変ですよね。悪い友達に限って、結構マメに連絡寄越したり(笑)。一番いい例が、ほれると、その時は良い悪いってないですよね(笑)。良い悪いなどといった修飾語や形容詞が取れて、できるだけ自由でいたい。出来上がるまで自分でも分からない。出来てみると、なかなか良い映画だと思うんだけど(笑)。
 人によっては何回も観たいという人がいますが、そんな作品だからかなあ…。奈緒ちゃんを撮影しているとき、瀬川さんと『音楽のような映画をつくりたい』と話していました。音楽って、モーツァルトが好きな人は1000回ぐらい繰り返し聞いていますよね。2回聞いただけで、モーツァルトが好きっていう人はあまりいないと思う(笑)。でも、映画は2回観ると、『2回も観た』って話になる。音楽と同じように、『100回も1000回も繰り返して観てもらえる、観るに耐える映画をつくりたいね』と話していました」
★ラブレターを書くように
高橋−20年撮影していて、監督の中で変わったことはありますか?
伊勢 「何か答えがあって、それに当てはめてつくっていくというのではなく、自分が感じる自然な空気を伝えたいといった気持ちは、変わりませんね。
 観てもらうという点では、各地で自主上映をしてもらっていますが、自主上映は『奈緒ちゃん』まで、経験なかったんです。映画館で上映してくれるわけでもなかったので、自主上映するしかなかったのだけど。映画をつくるところまでは半分で、観る人がいないと映画は成立しません。映画にも生き物のように人格があって、観てもらう中で観客と一緒に育って行くように思うんです。自主上映を通して多くの人と出会い、顔が見えるようになって、『お互い、どうしているかな』と思う人が増えると、具体的に自分も突き動かされるんですよね。つくりたいからつくるのだけど、『つくったら、あの人に会えるかな』と思って、次の作品を頑張ってつくろうという気持ちが強まったりね(笑)。
西村奈緒さんと、奈緒さんのお母さんの写真です。映画「ぴぐれっと」のワンシーンから
西村奈緒さん(右)と、奈緒さんのお母さん
(映画「ぴぐれっと」より)
 手紙を書く感じかな…。ラブレターを書いたけど、一人の相手に届くだけでなくて、徐々に他の人にも届くという感じ。映像の良い所って、ワンカットに色々な情報が入っていて、それぞれに自分が切実に考えていることなどを投影して見るんですよね。100人で観ても、1000人で観ても、一人一人が個人的に受けとめてくれて、それで広がっていくと思います。『奈緒ちゃん』は今まで10万人が観てくれて、『ぴぐれっと』はまだ1万人に行っていませんが、『結構すごい数字だな』と思っていて。つくるのに20年かかったから、20年かけて観てもらえれば良いんじゃないかなと思います。自主上映は面倒だけど、面倒なことやったから、友達とつながりができることもあるので、面倒なことをするのはちょっと贅沢なこと(笑)だと思ってもらえると」

★傍らにいる人

吉柴−私は障害者への先入観を持っていましたけど、映画を観て、みなさんの笑顔が素敵で印象的で、すごく普通だなあと思いました。
伊勢 「『どうして障害者を撮るんですか?』と聞かれることがありますが、僕にとっては、たまたま、傍らに奈緒ちゃんがいて、自分が気になる人を撮っているという感覚ですね。テーマがどうこうという前に、誰だって傍らにいる人は気になると思う。奈緒ちゃんや、ハンデのある人は手がかかる。手がかかることが、つながりを作ることになる。『同情より理解を』なんて言いますけど、言葉にすると、関係性を固定してしまうことがあると思うんですよね。『分かってからじゃないと関われない』とか、『中途半端に関わってはいけない』とか、言葉に振り回されてしまうんじゃないか?と思ったりします。『理解より同情を』という場合もあると思うんです。人が目の前で助けを求めていたら、やっぱり、助けることができた方が良いんじゃないかなあ? 理解しているという人が『私は理解している』というだけで終わったり、『平和について理解しているからこそ、戦争が必要なんだ』という人もいたり。それって、頭でっかちのようにも思うんですよ。『とりあえず平和に暮らしたい。戦争しないで欲しい』って思うのが普通じゃないかなと思うんだけど。奈緒ちゃんにせよ、(『えんとこ』で撮影した)学生時代の友人の遠藤にせよ、自分にとって、身の回りで気になる人だったということです。
 奈緒ちゃんにとって、僕は無責任な親戚のおじさんだけど、そんなおじさんもいて良いと思う。他の人が連れて行ってくれない所に連れて行ってくれたり、たまに来て甘い物をくれたり(笑)。僕自身は福祉作業所の活動をしているわけでないので、運動、活動をやっている人から見ると、『もっと福祉の現実を正確に伝えるべきだ』といった不満があるようです。よく言われるのは、『これで世の中を変えられるのか?』と。じゃあ、世の中が変わるって、どういうことなのかなと思いますけど。ドキュメンタリー映画って、『世の中を変える』『社会にメッセージを与える』といったとらえ方をされていますよね。そうした思い込みがある。でも、一歩引いてみると、それって虚構ですよね。問題を鵜呑みにして、分かったつもりになっても、何も変わらないと思います。
 映画は最前列の人だけが見るわけでなくて、1000列目の人も見ます。一番後ろの方で観ている人の眼差しを忘れてはいけない。その点を意識できないと、『関心を持っていない』『意識が低い』といったように、選良意識にとらわれてしまうように思います。
 話がそれますが、学校で観て欲しいんですよね。学校の良いところって、嫌な授業も受けなければいけない(笑)。でも、学校に行かなかったら、例えば古文や漢文なんて読まないなあと思うけど、大人になってから、ふと思い出して、『また読みたい』なんて思うことがあったりする。だから、『ぴぐれっと』や『奈緒ちゃん』や『えんとこ』を、学校で子どもたちに無理矢理にでも観せようって、いつも言っているんです(笑)」
障害者作業所「ぴぐれっと」のメンバーの写真です。映画「ぴぐれっと」のワンシーンです
障害者作業所「ぴぐれっと」のメンバーたち
(映画「ぴぐれっと」より)
★自然に出来るのを待つ
NON−ラストシーンが一番印象に残ったのですが、『これがラストシーン』みたいに決まるのですか?
伊勢 「あんまり考えていません。考えるべきことと、考え過ぎないほうが良いこととがあると思うんですね。考え過ぎないことも大事。映画にしようという時は、自分が『観てみたい』と思った時ですね。これを撮った、これが撮れた、だからこうすれば良いなどと考えているうちはダメで、考えていることしか映らない。辛抱強く待っているうちに、自然に出来てくるという感じです。20年前に撮った映像と、昨日撮った映像とで、昔撮った映像のほうが新鮮だったりすることがある。編集のときは『あの撮影のとき、こんなことがあったなあ』『こんなつもりで撮影したんだったなあ』などといった事を、一度忘れるんです。自分の意図などに支配されてしまわないように。映っているものだけを見て、映ったものの中から立ちあがってくるのを待ちます」
会田−時間をかける、待つことって、大変なことじゃないかなと思います。
伊勢「そんなに大変とは思わなかったけど…。確かに、『こんなことで、いつできるのかな?』とか、金のこととか、心配がないわけじゃなかったけど、奈緒ちゃんを撮り始めたとき、確信があって。人って、確信を持っているとき、大抵のことは乗り越えられると思うんですね。仲間も支えてくれました。自分が誰かのそばにいて生きていると、自分のそばにも誰かがいるようになるんじゃないかなと思います」

★「映像で飯を食おう」
会田−ドキュメンタリー映画監督になったきっかけは?
伊勢 「僕は大工になりたくて、大工の棟梁のところで1年ぐらい修業していましたが、『お前は大工に向いていない』とクビになったんですね(笑)。仕事中に空を見ていたりしましたしね。棟梁は中卒でしたが、人の5倍働く人で、僕は10分の1ぐらいの力量しかない。『お前が大学まで行って、大工になろうという了見が気に入らない』と思っていたようで、酒を飲みながら、『もう明日から来なくていい』と言い渡されました。
 親父はドキュメンタリー映画の編集者として名を残した人ですが、親父が亡くなって葬式の時に、映像関係者が大勢、弔問に来ました。そのとき、僕のことを映像の仕事ができるやつだと錯覚したみたいで、『今、何も仕事入っていないんだろう?手伝いに来てくれ』と頼まれたんです。相手は『映像の仕事がない』と思ったのでしょうが、僕は実際、大工をクビになって失業中で、本当に何の仕事もなかったので、『いいですよ』と二つ返事で。何もしたことなかったのに(笑)。その時は自分自身、何かに夢中にならないと、自分がダメになってしまう気がしていました。編集室で毎日映像を見ながら、夢中になることができて、とても良かった。劇映画はシナリオが重要だけど、ドキュメンタリーは撮影してきた映像の中から見えてくる、上がってきた物をどう再構成するかが大きなウエイトを占めています。夢中でつくって、プロダクションもまず満足したようでした。
 ただ、僕もすぐその気になってしまう性格で、そのうち、生意気で鼻持ちならなくなって(笑)。編集室にかぎをかけて、監督が来ても、『おれの仕事を邪魔するな』とかぎを開けなかったりしたこともありました(笑)。それで、『そんなに生意気だったら、監督をやらせてみろ』となって。映画って、助手、助監督を経て監督になるわけだけど、いきなり監督になって、一本つくりました。まあ、出来は自分なりに良かったと思うのですが、それ以降、一年ぐらい仕事が来なくなって(笑)。その間、仕方ないので土方のアルバイトをしました。でも、穴を掘るにしても、僕がやっと一つ掘るうちに、プロのとび職は3つぐらい掘っている。
 それで、『一生懸命仕事している人がいるのに、自分が中途半端な気持ちで、この仕事でお金をもらっちゃ悪いなあ』と思って、『どんな仕事でも良いから、映像の仕事で飯を食おう』と思いました。それまで『こんな仕事はしたくない』と格好つけていたけど、とにかく、映像ならどんな仕事でもしようと。そう決めたら、かなり楽になりました。カラオケの映像はよくやりましたね。業界では『できるまで映画』と言いますが、工場で製品ができるまでといった、企業のPR映像もよくつくりました。車の販売会社から依頼されたことがありましたが、そのとき、一台も車を売ったことがないセールスマンがいて、彼をおいかけるドキュメンタリーをつくりました。担当者が感動してくれてね。出来あがったら、上の方は『車を販売している会社なのに、売れないセールスマンを撮ってどうする!』となったけどね(笑)。 ぴぐれっと仙台上映会のときの、伊勢真一監督のトークの写真です。
ぴぐれっと仙台上映会でトークする伊勢監督(右)
各地の自主上映会で、トークを行っている。
PR映画も嫌いではなくて、どんな仕事でも好きな所を見つければ、何でもできると思うんです。『何でもやる』と決めた時、体の合わせ方が変わったというのかな…。今でも、頼まれ仕事はできるだけ断らないようにしています。頼まれた時点で選別していると、自分の先入観で関係を切ってしまうことになります。とりあえず引き受けてみる。すると、新しい関係が生まれたりすることがあるし」

★そばにいる
飛田−カメラを向けることで、撮影される人も意識すると思いますが。
伊勢 「面白いもので、カメラがあることで緊張感は持つでしょうが、一方、スポットライトを浴びるような気持ちにもなるとも思います。人間って不思議なもので(笑)。相手との関係をつくっていくことは大切です。距離感って…、近いから撮れる、肉親だから撮れるというわけではないですよね。近過ぎると見えないこともあって、夫婦や家族って、近過ぎてピントが合わず、見えにくい存在だったりする。近い中にも距離はあるし。色々な距離を持った人がいることが、誰にとっても必要だと思います。子どもも、家庭だけで抱えるのでなくね。一定の決まった距離の人だけだと、不自由じゃないかなと思うんです。
 映画を撮っていること、カメラが向けられていることが相手にも影響します。姉、奈緒ちゃんのお母さんが最初に試写を見たとき、『うちって、すごく幸せな家族のように思えた』と言ってくれました。その話を上映会のトークで話したりすると、『うちの家庭にも撮影に来てください』なんて言われることがあって。それはさすがに無理だけど(笑)。当事者同士だと、お互い傷つけ合ったり、否定的に思ってしまうことがあるかも知れないけど、ちょっと脇から見ると、『案外捨てたものじゃない』って見えたりするものだと思います。 
 だから、カメラ、マイクに限らず、そばで見守っている人がいるということは大きいんじゃないかな…。それが、人によっては友達だったり、可愛がっている猫だったり、あるいは信仰だったりするかも知れないけど。脇で誰かが見ていると、やる気が出たり。また、誰かのそばにいるだけで、何もしなくても、その人にとって励ましになることもあると思うんですね。
 『ぴぐれっと』では、もう亡くなって、映画の中にしかいない人が四人います。そのうち二人は施設の利用者でした。でも、彼らはずっと映画の中に生き続けていて、映画の中から僕たちを見ているかも知れない。劇映画だったら、役者はある映画の役が終わったら、次の映画で別の役を演じるけど、奈緒ちゃんは、撮影が終わっても、奈緒ちゃんの役を生き続けて行く。お母さんはお母さんで、映画の中でぴぐれっとのことについて話し合っていたように、今も話しを続けているかも知れない。それがドキュメンタリー映画の面白さでもある。映画は見終わったら終わりでなくて、そこから映画が始まって、誰かの人生の中に寄り添って行く。そんな映画として、みなさんに育んでもらえると嬉しいですね」

※この記事は5月18日、仙台市で開かれた映画「ぴぐれっと」上映会の際に取材させていただきました。実行委員会(会田まつ子委員長)のみなさま、ありがとうございました!

映画上映会、インタビューを終えてを読む

トップに戻る

感想コーナーへ行く
メールで感想をお寄せいただいた方に、オリジナルデスクトップ壁紙プレゼント!

伊勢監督のHP「いせフィルム」
伊勢監督のこれまでの作品紹介、上映会スケジュールの情報などが載っています!
「ぴぐれっと」「奈緒ちゃん」「えんとこ」等、上映日程、自主上映の開催相談、書籍、VTRなどについての問い合わせは
いせフィルム 電話03(3406)9455 ファクス03(3406)9460
メールもこちらから送れます