NIYONIYO
柵を打つ
〜棟方志功〜
(会田正宣)
 青森が生んだ国際的な板画家・棟方志功の記念館に行ったことがある。志功の板画は観音様など仏教に題材を取ったものも多く、日本的な色合いの中に津軽独特の風土性が感じられる。志功の作品には「花矢の柵」など、●●の柵という題名の作品が多いが、その柵についての意味がパンフレットに載っていた。
 「柵」というのは、垣根の柵、区切る柵なのですけれども、むかしは、城の最初のものを柵といったと聞いています。何何の柵、どこどこの柵という城の形にならない、ただクイを打っていく、そんなようなモノでしょうか、「しがらみ」というものでしょうか。そういうことに、この字を使いますが、わたくしの「柵」はそういう意味ではありません。字は同じですが、四国の巡礼の方々が寺々を廻られるとき、首に下げる、寺々へ納める廻札、あの意味なのです。この札はひとツひとツ、自分の願いと、信念をその寺に納めていくという意味で下げるものですが、わたくしの願所にひとツひとツ願かけの印札を納めていくということ、それがこの柵の本心なのです。ですから納札、柵を打つ、そういう意味にしたいのです。たいていわたくしの板画の題には「柵」というのがついていますけれども、そういう意味なのです。一柵ずつ、一生の間、生涯の道標をひとツずつ、そこへ置いていく。作品に念願をかけておいていく。柵を打っていく、そういうことで「柵」というのを使っているのです。この柵は、どこまで、どこまでもつづいて行くことでしょう。際々無限に。
                                  棟方志功 板極道 昭和39年
お地蔵さんの写真です。
しま地蔵 写真:百崎ひでみ
 生涯の道標として、願をかけた柵を打つということは、自分を内省する作業を繰り返し、積み上げていくということなのだろうか。表現の手段が、志功にとっては板画だったが、人によって様々な方法があるだろう。小説家は小説を、音楽家は楽譜や演奏を、演劇のシナリオを書く人もいれば、スポーツ選手として記録を残す人もいる。
 僕は漠然と、文章を書ける仕事につきたいと思ってきた。子どものころから、うまく話すのが苦手だった。面白い話題のない人間だというコンプレックスがあった。だから、文章へのあこがれが一層強かった。幸か不幸か、今、それに沿った仕事をしているが、日々の中で、「自分の言葉とは何だろう?」と思うこともある。
自分なりの言葉を柵として打っていきたい、と思う。出会った人、出会ったこと、そこで感じたこと、考えたこと…を、とりあえず書き起こしておく。書くことは、話すのと違って、ある程度かっちりと固まった言葉ではある。話し言葉より自由でなく、もしかしたら、僕が文章に傾くのは、自身の心の壁を守り、不安をさらけ出したくないだけなのかも知れないと思ったりする。それこそ、「自分の言葉」とは何なのだろう…何を言えるか、言葉の中身というより、どう言えるか、自分の姿勢の問題なのか…?
 ただ、書くことぐらいしか、自分にやれることはない。柵が残っておれば、だれかが柵の前に立ち止まって、読むことがあるかも知れない。そして、柵の打ち返しがあるのか、あるいは、だれかの中に沈んで表には出ないかも知れないが、どこかで何かが生まれることがあるかも知れない。

トップに戻る 【会田正宣】 学生時代、環境問題を研究するサークル「なちゅれ」を主宰。楽器や空手など四方八方手を出すが、身につかないことばかり。気の多いB型。今は中国語に取り組む。アイルランドのロックグループ「U2」ファン。仙台在住の記者。横浜出身。
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