| NIYONIYO 国境のない歌を鞄につめて インタビューを終えて |
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| 芸術は平和のために何ができるのか?難しい課題だが、ヤドランカさんのお話を聞いていると、それがだんだん分かってくる気がする。人を本当に動かす力は、プロパガンダやメッセージ性のあるなしによるのではなく、たとえば、自分と異なる世界に出会った時、いかに自分の世界を広げていけるかという自由な心のあるなしによるのだと思う。そして、それは決して難しいことではない。ヤドランカさんのように、訪れた国の風習を楽しみ、その国の食べ物に舌鼓を打つという極々自然な振る舞いの中から、その国の気質や価値観等が見えてくるのではないだろうか。そして、自分の体験したことを伝えること、感動を共有することで、国境や思想を越えた相互理解が生まれるのではないか。 今回ヤドランカさんにインタビューする機会を得て、私は「ベイビーユニバース」というCDを繰り返し聴いた。そこで私が感じたのは、さまざまな民族楽器、さまざまな国のアーティストとの出会いにより、ヤドランカさんが一つの価値観に縛られない大きな世界を演出していることでした。良いものは良いと理屈ぬきで感じる自由な心こそ大事だと思うし、芸術にできる最良のパワーが、図らずも人類の相互理解と平和維持に役立っているとすれば、それは素敵なことだと思う。 |
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| 【佐藤きよみ】 仙台市出身で獅子座のA型。平成2年から短歌を始めて、馬場あき子主催の「かりんの会」に所属。4年、「カウンセリング室」で、第35回短歌研究社新人賞受賞。7年に第一歌集『パウル・クレーの憂鬱』を上梓。趣味は中国文化に触れること、アジア映画をみること。レスリーチャン、金城武のファン。 |
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ヤドランカさんの曲を知ったのは、いつだったろうか…旧ユーゴの内戦が激しかったころ、「サラエボよ、明日…」は、沈うつなメロディー、美しい歌声がかえって物悲しく響くように胸に迫った。エンディングは「どこかで聞いたことがある」と思ったら、それがベートーベンの第九だと気付き、一層切ない気持ちになった。第九が描いた、世界が同朋、兄弟として肩を並べて歓喜の歌を歌う理想と、現実との間の激しいギャップを、痛切に感じさせた。 ヤドランカさんが画家でもあることは、今回のインタビューの機会で初めて知った。子どもと一緒に絵を描くワークショップを拝見した。子どもと、とても丁寧にコミュニケーションし、絵の色や描いたものなどについて、「これ直していい?それともこのままにする?」などと、一つ一つ確認していたのが印象的だった。そうした丁寧な確認こそ、人と人が対話し、何かをつくり上げる際に一番大事なことだと思う。コミュニケーションの基本姿勢だと。なかなか、それは時間もかかるし、精神的なエネルギーも使う。しかし、そこを手を抜かずに相手とコミュニケーションし、信頼感をつくっていくことで、誤解や、もやもやとした不和感を避けられることも少なくないはずだ。 テロ事件や戦争について質問すると、ヤドランカさんは「コミュニケーションの問題」を挙げていた。ヤドランカさんの故郷サラエボは、紛争の舞台ともなったが、ヤドランカさんは、違う民族、人々同士の異文化が融合し、独自の文化を培ってきた歴史をも語った。その歴史の中では、コミュニケーションの努力が脈々と続けられていたに違いない。 絵、音楽…ヤドランカさんの芸術は、表現手段が違っても、コミュニケーションという本質的なところから出ていると思った。それはちょうど、サラエボの町そのもののようだ。 |
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| 【会田正宣】 学生時代、環境問題を研究するサークル「なちゅれ」を主宰。楽器や空手など四方八方手を出すが、身につかないことばかり。気の多いB型。今は中国語に取り組む。アイルランドのロックグループ「U2」ファン。記者。横浜出身。 |
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