NIYONIYO ひとらいぶらりー

Why?「個人の思いが仕事を変える!」


特集1:星川安之さん

特集2:大橋雄守さん

 三年前、薬害エイズ問題の取材に絡んで、川田龍平君など全国の裁判の原告たちが厚生省前で行った抗議活動に参加したことがある。原告・被害者たちが次々に自分の置かれている状況を訴え、国や製薬会社に謝罪を求めた中で、マスコミの責任を問う声があった。息子をなくされた年配のお母さんだった。

 薬害エイズでは、ウイルスが入った血液製剤の薬を使わされたため、感染した血友病の患者のエイズ認定が見送られ、後日、性交渉で感染した神戸の患者が国内第一号として認定され、大々的に発表された。血液製剤の危険性を知っていたのに、具体的な措置を取らずに放置していた国や製薬会社の過ちを隠していたと指摘される問題だ。このエイズ第一号の報道が手伝って、いわゆるエイズパニックとなり、「エイズ=セックスに関係する病気」のイメージが広まった。

 僕が厚生省前で聞いた声というのが、エイズパニックと、その後、マスコミがエイズパニックを払拭し、薬害の実態を伝えることに努力不足だった点を突きつけるものだった。そのとき、マスコミで仕事している人間の一人として、「これは他人事でない。自分もいつ加害者になるか分からない」と強く思った。

 自分の仕事が人に危害を加えたり、不利益をもたらしたり…。程度の差、ことの性格はあるが、厚生省の役人や製薬会社のセールスマンも、それぞれに一生懸命だったり、家ではいいお父さんだろう。それぞれの人にとって、人に役立つ製品を作ったり、売ったり、困っている人にいいサービスを提供したり、教師は子どもに知識や学問の喜びを伝えたりと、さまざまな仕事と立場、責任において、その人が得られる喜びや学びもあるはずだ。厚生省の役人や、製薬会社の人々にとって仕事って一体何だったのか。

 僕が彼らと全く違い、あくまで善人として、ずっと仕事を続けられる保証もない。その中で、僕は何を大切に守れるのか。組織、社会の枠による限界も当然あるが、人は仕事を通して何を得るのだろうか。仕事と個人の成長、学びの関わりとは何なのだろうか。

 今回、さまざまに制約がある仕事という場を通して、ひとがどのように仕事と向き合って行くのかをテーマにした。個人の思いから、新しい価値を生み出し、仕事に乗せて行っている人々を紹介することができたと思う。

 しかし、そうして企画が一通り終わったこの三月、学生時代の同期の友人が自殺した。6年前に地方銀行に入行。最後に配属されたのはリストラ担当部門。仕事のプレッシャーの大きさなどで、自分の逃げ場がなくなり、追い詰められた中での選択だったようだ。重い現実を前に自分にショックを覚え、ぽっかりして結論も出ないまま、これから「仕事」に対して向き合って行くしかない。

(会田正宣)


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