| NIYONYO |
| メール座談会 「NIYONIYOって何?」 「憎しみを超えて」に寄せられた、あるメールから… |
| 【ある北アイルランドに関係の深い方からのメール】 まず、私の配偶者は北アイルランド人で、NIYONIYOさんがインタビューされたヒュ−氏(プロテスタント)とは宗教的に対立しているカトリック系アイルランド人です。 以前、TVにてヒュ−氏について紹介されている番組を拝見したことがあり、それで、このホームページを発見し拝見することになりました。私の感想を率直に言わせて頂きますと、正直、北アイルランドについて記載するのであれば、もっと自分の目でいろんなこと(そこの歴史やその真実など)を確かめてからにして欲しいと思いました。 つまり、カトリックサイドの視点から見れば、記事はきわめてプロテスタント(イギリス)サイドの意見であり、またそれを「いかにも事実です」というような記載をされ、北アイルランドで起こってきた事実やその真実、なぜIRAたるテロ組織が存在するようになったのか、そういう点を調べることなく、いかにも「北アイルランドはこうして現在にいたる・・・」というような書き方をされているように思いました。ヒュ−氏のみにインタビューされているので仕方がないとは存じますが、正直怒りを感じさえもいたしました。 北アイルランドを紹介してくださる貴重なページとして私も応援していきたいので、そのためにもNIYONIYOさんには「真実」を伝えて欲しいのです。 テロが起こる原因を考えてください。現在でいえば、イスラエル対パレスチナ、また、その他各地で起こるテロ・・元はといえば、テロを起こされた方が、大抵、何らかの原因を作っているはずです。北アイルランドもそうです。もともとアイルランドがイギリスから独立したとき、北アイルランドのカトリック系アイルランド人も絶対独立したかったはずです。しかし、それをそこに在住したプロテスタント系の人間が「力」でそうさせなかったのでしょう。 その後、彼らのカトリック系の人々に対する行為は相当ひどいものでした。そこで、犠牲となった人達の多くの家族や近親の人々が、復讐をしようとIRAのメンバーになっていったのは想像がつくことと思います。 ただ、現在はIRAの中からReal IRAというグループができ、それはIRAが怒こるほど暴走していますが。 ページには独立について「大部分がイギリスからの移民だったので、独立したくない、イギリスに残りたかったのです」という表記がされていますよね。でも、普通に考えてみてください。これって、少しおかしいと思いませんか?イギリスには自分の国があり、そして勝手に侵入してきたのにもかかわらず、「独立したくない」だの「イギリスに残りたい=イギリスの領土にしたい」だの言って、自分の国の植民地にしたということになりますよね。例えば、もし日本にアメリカが侵入してきたとして、アメリカの移民が多いから「独立したくない。だからここをアメリカの植民地にしよう」なんていって、「力」によりそうさせられたらどうでしょう・・・ 1972年1月30日の日曜日に北アイルランドのデリーで、「Bloody Sunday(血の日曜日)」と呼ばれる惨劇が起こり、14人の市民が無差別に殺され犠牲となりました。ジョンレノンやU2といったあらゆるミュージシャンがこのことについての歌を作り、ものによっては強くイギリスを批判したものがありますよね。今年、この事件について異例のドキュメンタリー映画が2本作られ、一つはドイツのベルリン映画祭にて「千と千尋の神隠し」と同じ金熊賞を受賞しています。 その映画が日本にくるかはわかりませんが、幸運にも私はそれを拝見する機会がございました。それを見ることは犠牲者の家族にとっては大変心が痛むものではありますが、イギリス側の行為について、かなり真実に近く作られています。しかも、驚かされたのは、その映画を作ったのがイギリス人であること、金熊賞を受賞した映画の主演を演じている俳優がプロテスタント人(演じた役がプロテスタント人だったのですが)だったということだけでなく、これについて、一番の驚きはその彼のお父さんが「元UVFのメンバー」だったということです。 これについて現地では賛否両論でしたが、それだけ、イギリス側の人々の中にも自分の国がやってきた行為を反省し、またそのことをしらない人々にも伝えていこうという人が増えたのかなと私は思います。 なぜ、私がこんなに北アイルランドについて熱く語るようになったのかというと、私の配偶者の叔父が、上記の「Bloody Sunday(血の日曜日)」の14人の犠牲者の一人であるからです。私が配偶者と知り合い、この事件について知った後に、他のあらゆる抗争や対立、そして無力な市民が殺された事件についての幾つかの本を読んだり、またそれをよく知る方に話を聞いたりしました。それを知れば知るほど、イギリスがしてきたことに憤慨し、また日本人が韓国などにしてきたことに対して反省をするようになりました。 2001年から2002年にかけての年末年始に1ヶ月間北アイルランドに滞在しましたが、その間も毎日毎日プロテスタントによるベルファーストでの心が痛むような悪質な殺人や犯罪がニュースで報道されていました。面識がなくても、「カトリックである」というだけで殺される、通り魔的、それ以上かもしれない犯罪が毎日です。また、プロテスタントの地区にあるカトリックの学校がターゲットになり、先生を全員殺すと脅されたり、学校に止めてある車全部を壊されたりしていました。 それなのに、警察はプロテスタント人がほとんどなので、カトリックの学校に通う子供達をガードしてあげることは一切ありませんでした。それどころか、プロテスタントがやった行為に対しての仕返しを恐れ、プロテスタントの学校に通う生徒を全員警察の車で家まで送る・・・なんてことをしているんです。そして、そういう行為に対してカトリックが怒って警察などに火炎瓶を投げたりして対立する・・・という感じでした。 このような事実は、なかなか世界のニュースで報道されることがなく、逆にテロ行為ばかりが表ざたになることが多いです。もちろん、北アイルランドの全土でこのようなことが毎日起こっているわけではなく、一部の人間の行いでもあります。また、どちらのサイドの人々の中には対立を好まない方もいらっしゃることでしょう。私のこのメールで少しでも多くの方に北アイルランドの真実を知って頂き、またNIYONIYOさんがホームページを作る上で役立てていただけましたら幸いです。 |
| 編集長・会田正宣 −NIYONIYOあてに、上のようなメールが送られてきました。僕は、非常に建設的な批判意見をいただいたと思い、以下のような回答をしました。NIYONIYOの趣旨、コンセプトに関しても、とても本質的な問題提起だったと思うんですね。ちょっと、その辺について、意見を聞きたいと思いました。 |
| NIYONIYO編集長をしております、会田と申します。先日は、メールをいただき、誠にありがとうございました。大変、貴重な、また私どものサイトに対しまして、建設的なご意見をいただいたものと受けとめております。 まず、私どもの立場を若干、ご説明させていただきます。私どもは、インタビューを通して人と出会い、学ぶことを願い、ヒューマンストーリーによる同人誌というコンセプトでサイトを作成しております。私どもの体制から、マスコミと違って、北アイルランド問題について総合的な観点から論じることは不可能で、その問題自体をテーマにできる力量は到底ございませんし、それが主目的でもありません。今回の記事は、テーマタイトル通り「憎しみを超える」には、何が大切なのだろうか?との問題意識のもとに構成致しました。またヒューマンストーリーという点から、その人物の背景、思いなどをたどり、その発言をなるべく丁寧に、記録として提供することが大事であるとも考えております。 その上で、北アイルランドの悲しい歴史について…。もちろん、今回の取材相手がイギリスサイドの人物であり、カトリックサイドの方々から違和感を持って受けとめられることがあるかも知れないとは、十分想像しております。 具体的に私どもの記事づくりに関して申し上げますと、まずブラウン氏の発言の中で、「北アイルランドの長い歴史の中で、約300年前からイギリスの支配が始まり、アイルランド系住民の虐殺など悲しい出来事がありました…」といった史実に関する部分を前の方に出したり、UVF自体の組織の残酷さに関する内容も触れています。その点、ブラウン氏はイギリス側の人とはいえ、イギリスのしてきた歴史を見つめ、今、平和のために個人としてできることをなさっていらっしゃる、信頼できる方だと、私どもは思っております。 インタビューとは別に、私ども独自で北アイルランド史を手短にまとめた説明コーナーを設けております。そこでは、メールでいただきました血の日曜日、それに伴うイギリスの再度の直接統治の事実も記しました。さかのぼって、なぜIRAが生まれてきたかの背景として、英国のアイルランド支配、独立を求める運動の高まりといった歴史も触れたつもりです。もちろん、不十分と思われるのは当然かと思いますが、私どもが今回の記事において、決してイギリス・プロテスタントサイドに立って、何らかの政治的主張や編集をしているわけではないことを、ご理解願えれば幸いでございます。 ただ、私どもも同人誌とはいえ、ネット上に情報を発信している立場として、相応の責任を持つべきと思っております。ご指摘のように、北アイルランド問題についても、できるだけの誠意を持って、問題に近づく努力は致したいとは思っています。ということから、ご意見も踏まえ、今までのトピックスのコーナーより、私どもなりにもう少し勉強して、不勉強、不十分ではございますが、北アイルランドの歴史について詳述したページを新に設けました。説明コーナーの下にリンクを張りましたので、ご参照くだされば幸いです。 北アイルランド小史へ 私自身はアイルランド共和国に旅行したことが一度ございますが、北アイルランドには機会がございませんでした。おっしゃる通り、北アイルランド問題に関して知らないことばかりでございます。カトリックの学校、子どもに対するプロテスタントの仕打ちなども、聞いたことはありますが、もとより想像を絶する世界とも感じ、その立場にない自分では胸を痛めることすら、はばかれると思っています。 浅学の身ながら、かつての帝国主義が植民地を支配した際の政策、特殊警察などの弾圧、それによって紛争の種がまかれたことへの思いも抱いております。北アイルランドの残留についても、「マイケル・コリンズ」も見ましたが、イギリスサイドのゲリマンダーなどの圧力の中、苦渋の選択だったとは想像しております。また、心より、北アイルランド問題しかり、さまざまな紛争が解決されることを願い、そのために、多くのことを学んでいきたいと思っております。 誠に、貴重なご意見をありがとうございました。心より感謝致しております。 |
★NIYONIYOは、個人の生き方、ヒューマンストーリーを求めるサイト! A−ブラウンさんに限らず、NIYONIYOとしては、あくまで、個人の生き様に対するインタビューを主体にしているわけで、私たちが人間としてのブラウンさんに興味を持つもので、一つの団体の意思を偏った形で伝えるものではないですよね。 何が真実と言っても、100人いればそこに100の真実があるともいえるわけで、さまざまな立場の考えを中立の立場で扱わなくてはならないマスコミと違い、自分の聞きたいこと、自分なりの関心を視点に掘り下げるので、インタビュー記事が一見すると偏って見えるのも仕方のないことなのかと思うのです。 ただ、私たちとしては寄せられた感想に対して、自分たちの立場を説明して、これからもいろいろな感想が出てくるような、自由な雰囲気は保っていかなければと思います。迷ったときは、はじめのコンセプトに戻ればいいのだと思います。 B−「いよいよ外に開かれているんだな」と実感しました。こうして、企画とは違った一個人のお話(反応)を聞くと、そこに人の命、生活などを感じて、ぐっと身近に迫ってきました。こういう出来事、人とのつながり、出会いの中でNIYONIYOの意味、存在価値が深まっていくようで、また少し興味がわきました。 によによって何?って聞かれても分からないけど、私としては、あまり固めず、人のすがすがしい(?)生命のエネルギーを感じる場であればいいように思います。 「こんなこと、がんばってまーす!」「こんなこと、感じました」「こんなステキな人がいるんです!」「こんなことで悩んでます」・・・そういうことが、とっても素直に、自然に語れる場であればいいなぁ、と思うんです。それ以上考えたいとも思わないというのが、正直な気持ち。ただ、真剣に生きること、積極的に生きることに対して、恥ずかしがらずに語っていい場所と思っています。 ★ 原点は、人との出会い、学び… 会田−それこそ、NIYONIYOの原点ですね。人との出会いを通して自分がいろんなことを感じ、学んで行く上で、インタビューという出会い方は、一つの有効なツールだと思っています。インタビュー、取材はマスコミが行うものと思われるかも知れませんが、人のどんな所に関心を持ち、共感、感動したり、あるいは違和感を持つかなどは、自分の問題意識、生きている背景、姿勢で、人それぞれ違いますよね。それぞれに出会い方、学び方が違って当然で…。だから、マスコミに限らず、人がいろんな形で、いろんな人と出会える、そんなきっかけになる場所として、NIYONIYOというミドルメディアを立ち上げたかったのです。 学ぶことは、誰にとっても本質的なことだと思います。人とどう出会い、学んで行けるのか。それが、原点だと。記事は、取材相手を紹介するわけですが、それを通して、僕ら自身がどんなことを感じ、僕ら自身の人生のささやかな糧になるのか。そのインタラクションを反映させたいという点も、ミドルメディアとしての可能性ではないか。聞くということは、とても能動的な行為だと思います。そんなことを通して、学び、対話を深め、相互理解のための態度といったものも、意識していきたい。そうしながら、少しずつ、対立にも向き合えるのかなと。現時点では、それが自分自身にとって、貴重なご意見をいただいた、上のメールを寄せていただいた方への、回答になっていないかも知れないが、回答なのかなと思っています。 C− 一つの物事があったとしたら、それに対しての見方は人の人数分ある可能性があります。立場の違い、国の違い、宗教の違い。世界中の人間がお互いに理解しあうという事は、難しすぎる問題だと思います。しかし、今回、この場で、全く立場の違う人間同士がお互いの意見を伝えあうという事がある意味成されたと思います。自分自身が不勉強ながらも北アイルランド問題に関してのそれぞれの側面に触れることができました。世界の人が全て理解しあう事は難しい。それでも、お互いに理解しあう気持ちと努力が必要だと思い ます。そのための第一歩として、人と人が、お互いの考えを伝えあうことが必要です。自分の意見を人に伝えるという事の重大さも感じました。一人の人間として、自分の責任を考えながら頑張ろうと、改めて思いました。 会田−ありがとうございました。 トップに戻る NIYONIYOについて、仕組みや活動モデルをご説明しています 感想コーナーへ行く メールで感想をお寄せいただいた方に、オリジナルデスクトップ壁紙プレゼント! |